第248話「ムシクイ」

「ちょっと何!?また変なこと言い出す気じゃ……」
ガララ 
「!、何か来た……!?」

彩乃が先程から虚ろな目でぼんやりとしていると、気味悪がった三世子が彩乃を怒鳴り付けた。
するとそんなタイミングで玄関の戸が開く音がして、三世子は思わずそちらに気を取られた。

「にゃーん!」
「えっ!?何っ!?猫!?」
「にゃーん!」
「やだ!お父さん家に超変な何かの生物が入ってきたーー!!」
「わあっ!野良猫か!?……猫なのか?……あっ!彩乃ちゃん危ない……!」
ドガッ!
「ぐっ!」

家の中に入ってきた生物とはニャンコ先生だった。
先生は家の中の異変に気付き、彩乃を助けに来たらしい。
家の中を自由奔放に走り回ると、居間で座り込んだまま微動だにしない彩乃にタックルをかましたのだった。
その衝撃で我に返る彩乃。

「いっ……(ニャンコ先生……!?)」

我に返った彩乃は視界に先生を映すとよろけてしまう。
咄嗟に近くに居た叔父さんが彩乃を抱き止めてくれたおかげで床に倒れ込むことはなかった。

「大丈夫か!?」
「あらやだ!彩乃ちゃん顔に怪我してるじゃない!さっきひっかかれたのかしら!?」
「お母さん救急箱!」

彩乃が怪我をした事に気付いた叔父さんと叔母さんが彩乃を心配して急いで怪我の手当てをしようとする。
そんな中、叔父さんに抱き止められたままの彩乃の視界に、こちらをとっても悲しそうに見ている三世子が見えた。
とても悲しそうな、不安げな瞳でこちらを見ていて、小さく「お父さん…お母さん…」と呟いたのが、彩乃には微かに聞こえていた。
――離れなければ。
咄嗟にそう思った。
彩乃は軽く叔父の胸を押すと、さりげなく離れた。

「もう大丈夫です。ありがとうございます。」
「えっ、でも……」
「にゃーん」

ニャンコ先生が早くしろとばかりに鳴くので、彩乃は素早くテーブルの上にあった鍵と先生を持ち上げると、にっこりと笑った。

「――じゃあ、そろそろ行きます。鍵はなるべく早く返しにきます。ついでにこの猫も外へ連れて行きますね。」
「え?もうかい?せめて怪我の手当てだけでも……」
「大丈夫です。あまり帰りが遅いと心配させてしまうので……ありがとう、ございました。」

そう言うと彩乃はそそくさと家を後にした。
少々失礼だったかもしれないが、リクオも待たせてしまっているし、早くあの家から出ていきたかったのだ。

*******

「ふう〜、ありがとう。助かったよ先生。」
「まったく、すぐ妙なのに目をつけられおって!」
「大丈夫だった?彩乃ちゃん。」
「うん。リクオくんも心配させちゃったみたいでごめんね。」
「彩乃ちゃんが無事なら良かった。」

外で待っている間、余程心配させてしまったのだろう、心から安堵した表情を浮かべているリクオに彩乃は申し訳ない気持ちになった。

「……先生、あの妖のこと何か知ってる?私が小さい頃はあんな風に襲ってくることなかったのに……」
「ん〜?ああ、あれは多分ムシクイとかいう奴じゃないか?」
「ムシクイ?」
「口が無かっただろう。住みついた家に入ってくる虫の力を吸い取って大きくなるって奴さ。」
「そっか……じゃあ、放っておいても大丈夫かな……」
「そうだな。後、2、3年は大丈夫だろうな。」
「――え?」

害のない妖だと安堵した矢先、何やら先生が不穏なことを呟いた。
先生は顔色も変えずに、なんてことのないように言葉を続けた。

「お前も感じただろう?あそこまででかくなると、虫だけでは満足しなくなるのさ。
あの手の妖は人の闇を育ててその心を喰らうようになる。」
「――なっ!」
「そんな!だったらこのままじゃこの家の人達は……」
「知るか。ほら、とっとと行くぞ。」

ニャンコ先生は自分には関係ないとばかりにさっさと先を行こうとする。
しかし、このまま放っておけば叔父さんたちが無事では済まないと知って、放っておけるような人間ではないのだ。彩乃も、リクオも。
思わず叔父さん家を見ると、気のせいか、家から黒い靄のようなものが漂っているように見えた。

「――先生……」
「おい、間違っても……「ちょっと!!」
びくぅ

何かを言おうとする彩乃に先手を打つように、先生が言葉を発する。
しかし、その言葉すら誰かの大声によって遮られてしまう。
突然の大声に驚いて肩を震わせた3人だったが、見るとそこに居たのは従姉妹の三世子だった。

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