第251話「とったりしないよ」

一方その頃、瘴気の中心にいる彩乃たちは……

「……えして……返してよ……」
「――っ、み……よこ……さん……」

体から瘴気を溢れさせながら、三世子は虚ろな目でぶつぶつとただ「返して」と同じ言葉を繰り返し呟き続けるだけで、もう彩乃など見ていなかった。
瘴気の充満する渦の中、彩乃は呼吸もままならない状況で三世子の名を弱々しく呼んだ。

「三世子……さん……しっかりして……なんで……こんな……」
「……して……返して……」
「……クチ、カイテ……」
「!?」

苦しみながらもなんとか三世子に正気を取り戻してもらおうと呼び掛ける彩乃だったが、三世子の体から溢れ出ていた黒い靄から不気味な声がして、彩乃はぎょっとして靄の方を見る。
するとただ霧のように漂うだけだった黒い靄が形を取り、ギョロリと大きな二つの目を見開いて彩乃を捕らえた。

「――ひっ!」

あまりにも不気味で恐ろしいその姿に恐怖で悲鳴を上げる彩乃。
しかし、その姿はよく見ると見覚えのある妖だったのだ。

「――クチカイテ……クチカイテ……タベテアゲル……」
「お前……ムシクイ?」

――そう、三世子の体から出てきた黒い靄の正体はあのムシクイだったのだ。
ムシクイは三世子の体に纏わりつくように黒い靄を発生させたまま、彩乃を見ていた。

「クチカイテ……ソシタラ、オマエノカナシミモタベテアゲル」
「今すぐ三世子さんから出ていって!」
「クチヲ……カイテ……」
「いいから出てけ!その人には帰りを待つ大切な家族がいるの!」
「――オマエニハ、イナイノニ?」
「っ!」

ムシクイから言われた言葉に、彩乃は不覚にも言葉に詰まってしまった。
だって、一瞬でも図星だと感じてしまったから……
藤原さんたちは優しいけれど、自分は本当に帰っていいのか?
本当はあの人たちにとって、私は邪魔な存在ではないのかと……
そんな彩乃の心の揺らめきや迷いをムシクイが見逃す筈がなく、妖は言葉を続ける。

「――オマエ、サミシイ。」
「……」
「ヒトリボッチ……」
「うるさい!」
「……ズボシカ?」
「――っ、いいから、三世子さんから出ていってよ!お願いだから!」
「ダッタラ、カワリニオマエヲクワセロ」
「……(ダメだ。感情的になっちゃ……)」

妖の言葉に乗せられて感情の赴くままに動いてしまっては、妖の思う壺になってしまう。
ちゃんと考えろ。
冷静になれ。
どうすればこの状況を打破しつつ、三世子さんを助け出せるのか……

「……返して……私の、家族……返して……」
「三世子さん……」

虚ろな目でこちらを真っ直ぐに見つめてくる三世子。
そんな彼女を彩乃は哀れむような悲しむような、なんとも言えない表情で見つめ返す。

「……わかった。口を描いてあげるから、その子から離れて。」
「……」
ずるずる……ずず…… 

ムシクイは彩乃の言葉を契約と受け取ったのか、三世子の体から離れた。
そして、ゆっくり、ゆっくりと彩乃の体に纏わりついていく……
そんな状況なのに、彩乃は三世子を見つめると彼女を安心させるように微笑んだ。

「――大丈夫だよ。貴女の家族をとったりしないから……」
「――ぁ……」

彩乃の声が届いたのか、驚いたように三世子の瞳が大きく見開かれる。
そして……

*******

「――ええい!もうお前なんぞに構ってられるか!どけっ!!」
「――あっ!おい斑!!」
どろんっ!!

暫しの間、互いに睨み合っていたリクオとニャンコ先生だったが、痺れを切らした先生がリクオを振り切って瘴気の中へと突っ込んでいった。
それを慌てて止めようとするリクオだったが、先生は本来の姿に戻ると退魔の光を放ってしまう。

「――森羅閃光!!」
カッ!!
「――っ!!」

突然目映い光が辺りを包み込み、リクオは眩しさから目を細めた。

「――斑っ!何で!!」
「煩いぞ小僧。彩乃は……っ!」
「あっ!」

三世子の心を壊してしまう危険があるとわかっていながら、光を放った先生を責めるように睨み付けるリクオ。
そんなリクオを鬱陶しそうに見下ろしながら鼻を鳴らすと、先生は彩乃たちのいるであろう方向を見た。
リクオも釣られるようにして視線を追う。
すると……その視線の先で、二人は息を飲んだ。

「……」

何故なら、そこには倒れている彩乃と三世子がいたのだから……

- 270 -
TOP