第253話「過去への追憶」

「――しっかりしろ、彩乃。」
「彩乃ちゃん」

――先生と……リクオくんの声がする……
――そうだ。帰らなくちゃ
帰らなくちゃ……
……あれ?でも……
どこに帰ればいいの……?

******

「おい夏目ー!お前、親に捨てられたんだってな。」
「違うよ。親が両方共死んじゃって、それで三世子の家で預かってるんだ。」
「ふーん、でも親がいないのは変わんねーじゃん!」
「そうだな。カワイソー!おい三世子!ちゃんと世話してやれよ〜!」
「……っ」
「やめてよ!三世子、可哀想じゃん!」
「男子サイテー!」
「もう!あんたのせいで男子にからかわれたじゃない!」
「……ごめん。」
「もう!本当にサイテー!」

――去年、父を亡くした。
それから伯母さんの家でお世話になっていたけれど、そこも追い出された。
そして……先月からは叔父さんの家でお世話になっている。
叔父さんと叔母さんは私にとても親切にしてくれるけれど、どこか気を使っていて、よそよそしい。
私に気遣いすぎて疲れているみたいだった。
二人の一人娘である三世子さんは私のことが気に食わないらしく、とても嫌われている。
当然だと思う。
従姉妹とはいえ、今まで面識はなかったし、突然家族として一緒に暮らそうと言われても納得などできないだろうから……

「……ごちそうさま……」
「あら、どうしたの三世子こんなに残して。」
「……」
「ちゃんと食べなさい。」
「えー、だってぇ!」

そう言うと三世子はちらりと彩乃を一瞥し、目が合うと不機嫌そうにそっぽを向き、三世子はテーブルに叩きつけるように箸を置いた。

「もういらない!部屋に戻る! 」
「あっ、ちょっと三世子!」
「まあまあ、僕がちょっと見てくるから……」
「お願いね。アナタ。」

怒って食事を中断した三世子は、部屋へと戻ってしまった。
それを叔父さんが追いかけて、ぐずって泣く三世子を抱っこして宥める。
それをぼんやりと眺めていた彩乃に、叔母さんはぎこちなく笑いかける。

「ああ、彩乃ちゃんは気にしないでたくさん食べてね。」
「……はい。」

本当に?
本当にあの子より食べてもいいのかな。
この家の本当の子供じゃないのに……
その日の夜、彩乃は一人で寝ることになった。
三世子は叔父さんと叔母さんと眠るらしい。

ゴソゴソ
「――あった。」

いつもは三世子と共有している子供部屋に一人になった彩乃は、数少ない自分の荷物が入ったリュックから植物図鑑を取り出した。
これはこの家に来たときに叔父さんがくれたものだ。
誰かから何かを貰うことなんて滅多にないので、嬉しくて大切にしていた。
その植物図鑑を開くと、中には一枚の写真が挟まっていた。
彩乃はその写真を取り出すと嬉しそうに微笑んだ。

「お父さん……お母さん……」
ズキン
パタン……

彩乃は無言で本を閉じる。

「…………」

――見なきゃよかった……
ズキン
ズキン……
胸が苦しい。寂しい……
――大丈夫。
大丈夫、大丈夫……

「……寂しくなんか……ない……」

私にだって……
私にだって……とても微かだけど、お父さんが撫でてくれた感触が残ってる。
……ような気がする。
もう、いないけれど……
ちゃんと私を、きっと……
見守ってくれてる筈なんだ……

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