第279話「不安要素」

じりじりと夏の暑い日差しがむき出しになった肌を焼く。
塔子から渡された日焼け止めを塗ってはいるが、ポタポタと垂れ落ちる汗のせいで流れ落ちてしまいそうだ。
彩乃は額の汗を腕で拭うと、ぽつりと呟いた。

「暑い……」
「彩乃ちゃん大丈夫?」
「うん、私よりも氷麗ちゃんの方が心配……」

暑さでぐったりとしている彩乃を心配して声をかけてくるリクオ。
それはありがたいのだが、自分よりも雪女である氷麗の方が心配であった。
ちらりと先を行く氷麗を見れば、意外にも氷麗は元気そうで、だらだらと歩く自分よりもしっかりとした足取りで歩いていた。

(あっ、あれ?意外に元気そう……雪女って私が思っているよりも暑さに強いのかな?)

そんなことを思っていると、顔に出ていたのかリクオが教えてくれた。

「氷麗は大丈夫だよ。いつもつけているマフラーーは保冷効果があるらしいから。」
「そ、そうなの?」

そんな効果があったのか……
彩乃はそれなら大丈夫かとほっとすると、前を歩くみんなに聞こえないように小声で話しかけた。

「ねぇリクオくん。邪魅ってどんな妖怪だと思う?本当に安全なのかな?」
「どうだろう。邪魅に関する情報が少なすぎるから……」
「そうだよね。もしも……もしも邪魅が危険な妖怪だったら、私たちだけでみんなを守りきれるかな?」
「守るよ。みんなも、彩乃ちゃんも僕が守る。」
「リクオくん……うん。私も協力する!」

2人でがんばろうと決意した。
そんな時、リクオが人相の悪いヤクザのような男集団とすれ違った。
すれ違った瞬間、先頭を歩いていた男がリクオとぶつかった。
ぶつかったというよりも、男の方からリクオに体当たりしてきたように見えた。
大人の男が小柄な中学生の少年に力いっぱい体当たりしたら、耐えられないに決まっている。
リクオは思いっきり尻もちをつき、その拍子にメガネが地面に落ちた。

「おいこらぁ!どこに目ェつけとんじゃ!?」
「いてて」
「リクオくん大丈夫!?」

彩乃が慌ててリクオに駆け寄る。
地面に落ちたメガネを拾って、手を差し伸べれば、リクオがその手を取って立ち上がる。
それを見ていたヤクザたちが思いっきり舌打ちする。

「――ちっ!長谷部さんの原宿で買ったいけてるシャツがベチャベチャじゃねーか!アイスついちゃったじゃねーか!アイスがよぉぉー!」
「うわぁ、本当だね。」
「えっと、その……ごめんなさい?(というかそっちからぶつかってきたんじゃない!)」

どうやら男がぶつかってきた時に、持っていたアイスが服についたらしい。
リクオが立ち上がって男の服を見ると、思いっきりべったりとアイスがついていた。
彩乃は穏便に済ませるために、一応形だけの謝罪をするが、それだけで済ませてくれるような連中ではないのは見た目から明らかであった。

「なめてんのかテメェ!お前等見ねー顔だなぁ!弁償しろやガキィ!」
「そっちからぶつかってきたのに!」
「文句あんのかぁ!?ガキや女だからって容赦しねーぞ!」

男たちのあまりにも自分勝手な言い分に、彩乃が思わず食ってかかると、リーダー格の男が彩乃の胸ぐらを掴んできた。
それにリクオが慌てて男の腕を掴む。

「やめろ!」
「うるせーな……うっ、うわぁぁぁ!」
「「!?」」

男たちはリクオを睨みつけると、突然悲鳴を上げた。
ひぃっと酷く脅えたような声を漏らすと、そのまま悲鳴を上げて逃げ出したのである。
彩乃もリクオも何が起きたのかわからずに困惑して互いに見つめ合う。
彼等はリクオの後ろを見て悲鳴を上げていたように思う。
彩乃とリクオはくるりと勢いよく後ろを振り返れば、そこには小さな小妖怪たちがたくさん群がって威嚇していた。

「わあ!?いつの間に!」
「ちょっ!ちょっとお前たち!?」

どうやら男たちはこの小妖怪たちに驚いて逃げ出したようだった。
そりゃ、物心ついた頃から妖怪を見慣れている彩乃ですら未だに妖怪に驚かされてばかりなのに、初めて見る人からしたらこんな小さな妖怪でも相当怖いだろう。

(慣れてしまえば可愛いものだけど……)

小さな妖怪くらいなら可愛いと思えるようになってきたなんて、昔に比べて自分もだいぶ妖怪に慣れてきたように思う。
それにしても、妖怪は人に姿を見られることを嫌う筈なのに、こんな簡単に姿を見せていいのだろうか。
ちらりとリクオに目配せすると、リクオはこくりと頷いて困ったようにため息をついた。

「お前たち、人間を脅かしちゃダメだっていつも言ってるだろ!」
「何をおっしゃいますかリクオ様!」
「あのような輩、ちょいと脅してやりゃあいーんですよ!」
「そうですぜ!ワシら妖怪に喧嘩売ろーってのが生意気でさー!」

この小妖怪たちは道中でリクオが奴良組の若頭だと知って勝手について来たのだ。
きっとさっきのもリクオに絡んできた男たちを懲らしめようと手助けのつもりで驚かしたのだろう。
人間との穏便な関係を望むリクオにとって、残念ながらそれは余計なことだった。

「だからダメなんだって!妖怪が簡単に人間に存在を知られるようなことするなよ!」
「そうだよ。もしも祓い屋や陰陽師に目をつけられたら困るでしょ?」
「むう、それは確かに……リクオ様とナツメ様はワシらを心配してくれるんですな!」
「さすがリクオ様!」
「はいはい、今後は気をつけてね!」

リクオの忠告を素直に聞く小妖怪たち。
元気よく返事をすると、彼等はちりじりに散っていった。

「おーい!奴良くん!夏目先輩!遅いぞー!」
「うわ!ごめん清継くん!」
「今行くよー!」

清継に大声で呼ばれて慌ててみんなの元へと駆けていく2人。
清継は妙に張り切っていた。

「妖怪の出る武家屋敷はすぐそこだ!」

そう言って清継の指差す坂下の町は、想像よりも大きく、栄えていそうだった。
遠くの方では海が見える。
こんな一見穏やかそうな町の何処かに邪魅がいる。
果たして何事もなく無事に終わればいいが……

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