第24話「奴良リクオ」

「お、重い……」

会議を終えたリクオは、熱に浮かされた体を休めるために布団に横になっていた。
額には尋常でない程に大きな氷麗お手製の氷のうをのせ、そのあまりの重さにリクオは根を上げた。

「お〜い、氷麗〜〜、氷が……氷がでかいよ〜〜」
「……あの……」
「あ、氷麗!早く、早くこれ何とかして……」

氷が重すぎて頭を動かす事が出来ないリクオは、障子の向こうから聞こえてきた声に切羽詰まったように助けを求めた。
何故か躊躇いがちに障子が開き、ゆっくりと人が入ってくる。
頭を持ち上げる事が出来ないリクオは、人が近づいてくる気配だけでその声の主を氷麗と判断してしまった。

「……あの、大丈夫?奴良くん……」
「……っ??!!な、夏目先輩っっ!?」

リクオの顔を心配そうに覗き込んできたのは、先程別れたばかりの少女だった。
予想だにしない人物の登場に、リクオは慌てて起き上がろうとするが、頭が重すぎて無理だった。

「……これ、すごいね。今退かすから、お薬飲める?」
「あ、はい……」

「よっこらせ、うわぁ重いなぁ」何て呟きながらリクオの頭にのった巨大な氷のうを退かす彩乃。
リクオはそんな彼女を呆然と見つめながら、頭の中では何でここに?どうして夏目先輩が薬を持ってくるの?お母さんは?と混乱する頭でひたすら何で何でという疑問が渦巻いていた。
それが顔に出ていたのか、リクオの気持ちを察した彩乃は苦情すると、薬袋とコップを手渡しながら説明した。

「さっき若菜さ……奴良くんのお母さんに会って、頼まれたの。」
「ええっ!?も〜お母さんは……す、すみません、夏目先輩!」
「あ、ううん、全然大丈夫だよ。それに、奴良くんにはお礼も言いたかったし……」
「お礼?」

自分は何か感謝されるような事をしただろうか?
頭に疑問符を浮かべながら首を傾げるリクオに、彩乃は目を細めて微笑む。

「友人帳のこと、本当にありがとう。あの時奴良くんがああ言ってくれなかったら、たぶん私は友人帳を取り上げられてたかもしれないし、ぬらりひょん……さんも、協力してくれなったかもしれないから……」
「そんな!僕は先輩が妖怪を利用するような人に見えなかったから、ああ言っただけだし、お礼なんて……」
「それに……ゆらちゃんも助けてくれて、ありがとう。」
「……え?花開院さん??」

きょとりと目を丸くするリクオに構わず彩乃は言葉を続ける。

「うん、旧鼠にゆらちゃん達が襲われた時、助けてくれたんでしょ?ゆらちゃんから聞いたよ。だから、二重の意味で本当にありがとう!」
「え?ああ、そっか、そうだったね……」
「?、もしかして……覚えてないの?」
「うっ!」

彩乃に図星を指され、リクオは言葉に詰まった。
そして、申し訳なさそうに本当の事を話すのだった。

「……すみません。実はあんまり……そもそも、僕は妖怪じゃないから……」
「奴良くんは、妖怪の血を4分の1引いてるクォーターなんだよね?」
「えっ!?何でそれを?」
「奴良くんのお母さんが教えてくれたの。」
「……そっか……」

彩乃がある程度自分の事情を知っているとわかって、リクオは少しほっとしたように小さく吐息を吐いた。

「……どうやら夜になると、妖怪になるみたいなんだ……みたいです。僕は覚えてないんですけど……」

リクオはぽつりぽつりと語り始めた。
四年前に初めて妖怪に変化したらしいのだが、その時の事も含めて今回の事や、過去に妖怪に変化していた間の事は一切覚えておらず、自分に妖怪の血が流れていると自覚できないということを……

「そっか、じゃあ本当に何も覚えてないんだね。」
「はい。」

申し訳なさそうに頷くリクオに、彩乃は眉尻を下げて苦情するしかなかった。

「……奴良くんにとっては、妖怪(あの時)の彼と今の自分は別人なのかもしれないし、覚えてないのなら、こんなこと言われても困るだろうけど……それでもね、私を信じてくれた今の奴良くんも、ゆらちゃんを助けてくれたあの時の奴良くんも、どっちも優しいよ。」
「……え……」
「ええと、つまり、何が言いたいのかと言うと……奴良くんはどんな姿でも、奴良くんらしくいればいいよ!……みたいな?……ごめん、何言ってるんだろ…」
「……」

どこか落ち込んだ様子のリクオを元気付けたくて、思わず言葉にしてしまったが、何を伝えたいのか混乱して自分でもよくわからないことを言ってしまった彩乃。
しかし、どうやらリクオには元気になって欲しいという気持ちだけは伝わったようだ……

「……ありがとう。」

どこか照れくさそうにふわりと柔らかく微笑んだリクオを見て、彩乃はそう思った。

バタバタバタ
スパーンッッ!!
「やあやあ奴良くん、元気かーーい?」
「「!?」」

突然騒がしい足音を響かせながら、勢いよく障子を開いて現れた少年に、彩乃とリクオはぎょっとして驚く。

「聞いたぞー、風邪を引いたそうじゃないか……ん?」
「……」

少年は言葉の途中で彩乃の存在に気付き、二人は暫し見つめ合う。
すると後からまたぞろぞろと数人の人がやって来る。

「ちょっと清継くん!先に行かないでよ!……え?」
「はあはあ、やっと追いついた……ん?」
「へ〜、ここが妖怪屋敷か〜〜……あれ?」
「おっきい〜〜!……あっ!」

リクオの部屋にぞろぞろとやって来た彼らは、部屋にリクオ以外の人物が居ることに気づくと、彩乃を凝視したまま固まった。

「「……」」
「ああーーっっ!!夏目先輩っっ!!??」
「えっ!?」
びくうぅっっ

暫しの沈黙の後、島は突然彩乃を指差して叫んだ。
あまりの事に彩乃は思わずびくりと肩が跳ね上がる。

「……え?誰??」
「……島くん、知り合いか?」
「わわ、本物だ!こんな間近でお会いできるなんて!!」
「……あの?」

カナや清継が島に誰かと尋ねるが、彼は彩乃を見つめたまま何故か感動したように体を震わせた。
突然の訪問者に驚き、更にはこんな芸能人にでも会ったような反応をされ、彩乃は訳がわからずに戸惑う。
しかし、それは次の瞬間、巻の予想だにしなかった一言で解決する。

「あっ!あ〜〜、そっか、どこかで見たと思ったら『あの』夏目先輩か!今年二年に転校してきた『ちょっと近寄りがたくて、謎の多いミステリアスな薄幸そうな美少女』で有名な夏目先輩か!!」
「………………はぁ!?(何それ!!??)」

信じ難い言葉を耳にして、彩乃は思わず声が裏返った。
自分の知らぬ所でとんでもない勘違い噂が流れていたなんて……
予想だにしなかった言葉にショックで固まる彩乃を余所に、カナたちは勝手に話を進めていた。

「ふ〜ん、でも何でその先輩がリクオくん家にいるの?」
「それもそうだよね〜、もしかして、彼女とか!?」
「ええっ!?」
「なっ!?ちがっ……」
「そお〜〜か!そう言う事か!!」

女子三人の会話に慌てたのはリクオだった。
慌てて否定しようとした言葉を遮り、清継は突然大声を上げた。

「島くんから『夏目先輩』の噂を色々聞いていたのを思い出したよ!確か先輩は『視える』らしいですね!?」
「……え……」

清継に言われた言葉に一瞬で彩乃の顔色は変わった。
緊張で強張った顔を清継は図星と判断したのか、嬉しそうに顔を輝かせた。

「やはりそうなんですね!?素晴らしい!そんな素敵な力を持っているなんて!!先輩には、是非我が清十字怪奇探偵団に入って頂きたい!!」
「「ええっ!?」」

がっちりと彩乃の両手を掴んでとんでもないことを言い放った清継に誰もが驚く。
ただ一人、状況を理解できていない彩乃だけがきょとりと目を丸くして、頭に疑問符を浮かべていた。

「……え?……きよ?」
「清十字怪奇探偵団ですっっ!主に妖怪の事を調査し、あわよくば遭遇し、最終的には妖怪の主に近づくことを目標に活動しています!!」
「……へ、へえ〜〜、変わった活動だね……」
「先輩、正直に変だって言っていいですよ?」

顔を引き攣らせて笑う彩乃に、巻が同情するように言った。
それに清継はすぐさま反応する。

「何を言っているんだ巻くん!妖怪は変ではない!素晴らしい存在なんだ!!」
「いや、私はこの団体のことを言ったんだけど……」
「……あの、せっかくのお誘いだけど、断るよ。」
「何故!?」

彩乃は遠慮がちにそう口にすると、清継は信じられないと言った表情を浮かべた。

「私、家も遠いし、部活とかやってる余裕ないから……ごめんね?」
「まあ、普通入らないよね〜」
「しっ、巻、聞こえちゃうって!」

断る彩乃に巻が同意するように頷くと、鳥居は慌てて黙るように唇に人差し指を当てた。

「……そうですか……ではとりあえず、仮入団という事で!」
「えっ!?いや、だから!」
「そうそう、今日はみんなにゴールデンウィークの予定を発表する!!」
「無視なの!?」

わざとなのかそうじゃないのかは定かではないが、最早清継の興味は別の処にいってしまったようだ。

「……はあ。」
「君たちどうせ暇だろう!僕が以前からコンタクトを取っていた妖怪博士に会いに行く!!泊まりがけになるから、しっかり準備しておけよ!!」
「えっ!?」
「な……何それーー!?合宿!?」

清継以外の全員が驚く中、清継は高らかに宣言した。

「場所は僕の別荘もある捩目山!今も妖怪伝説が数多く残る彼の地で……妖怪修業だ!!」

こうして、何故か彩乃までもが清十字団の活動に強制参加させられる事となったのだった。

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