その頃の先生は……(番外編)

「うぃ〜ひっく!もっと酒持ってこーい!」
「こら斑!ちょっとは遠慮せぬか!」

顔を真っ赤にし、ベロンベロンに酔い潰れるニャンコ先生を、鴉天狗が口煩く嗜める。
話し合いの後、彩乃と別れて一人でぬらりひょんの元へやって来たニャンコ先生。
ぬらりひょんに用があった筈が、懐かしい顔ぶれに気を良くしたぬらりひょんが先生に酒を勧め、いつの間にかそれは宴会へと変わっていた。

「かってぇ〜事言うな、鴉。斑ももっと飲め飲め!」
「言われるまでもないわ〜い!」
「……はあ、この二人は……」

完全に酔いどれモードの二人に、鴉天狗は呆れたように深く溜め息をつくのだった。

「……いい加減本題に入れ、斑。」
「ん〜?あ〜、ぬらりひょん(こいつ)が彩乃に協力すると言い出したからなぁ〜。真意を確かめになぁ〜」
「何でぇそんなことかい。疑り深ぇなぁ〜」

いつまで経っても飲んでばかりで本題に入らない斑に、痺れを切らした牛鬼が本題に入るよう促すと、先生はろれつの回らない口調で話す。
それにぬらりひょんはしつこいとばかりに眉をひそめた。

「……ふん、お前が何の考えも無しに人間なんぞに協力するか!」
「……そんなにあの娘が大事かい?」
「……」

ぬらりひょんは目を細めると、ニヤリと口角を吊り上げて笑う。
図星を指された先生は不機嫌そうにそっぽを向くと、黙り込んでしまった。
それを肯定と受け取ったぬらりひょんは、面白そうなものを見るような目で先生を見つめてきた。

「ほぉ〜、おめぇが人間をねぇ〜〜」
「……何が言いたい?」

からかうようににんまりとした笑顔で話すぬらりひょんを、先生はギロリと鋭い眼差しで睨み付ける。

「い〜や?ただ、400年前にワシがどれだけ組に入れと誘っても相手にしなかったおめぇが、今じゃ人間の小娘の用心棒をしてるなんてなぁ〜……昔のおめぇじゃ考えられなかったことだ。生きてりゃ何があるかわかったもんじゃねぇなぁ、のう?斑。」
「……ふん。」
「一体、どういう心情の変化だ?何故人間の娘と行動を共にする?詳しく聞きてぇなぁ〜」
「……ただの暇潰しだ。あれは私の食料であり、友人帳もいずれは私の物にする。」
「へぇ」
「人間は簡単に死ぬ。ただでさえ短い生なのに、あの娘は自分から妖に関わろうとする。あんな危うい娘では、長くは生きられん。遅かれ早かれ、友人帳は私の物になるのだ。」
「そう言う割には、ワシ等があの娘を取り囲んでいる間、ずっとワシ等を威嚇しておったじゃねぇか。」
「……約束したからな。」
「……約束?」

ぽつりと呟かれた言葉に怪訝そうな表情を浮かべるぬらりひょん。
しかし、先生はもうこれ以上は答える気がないというかのようにそっぽを向いて黙り込む。

「……まあいいさ。あれだけ人間と結ばれたワシを馬鹿にしておったおめぇが、あの娘のお陰で随分と丸くなったみてえだしな。」
「……ふん、くだらん。」
どろんっ!

ニャンコ先生はそう言うと、突然変化した。
しかし、白い煙から現れた姿は、いつも彩乃が見慣れたレイコ似の少女の姿ではない。

「ほぉ、これまた懐かしい姿じゃのぉ。」

そう言って懐かしそうに目を細めるぬらりひょん。
腰まである長く美しい白髪を一つに結い上げ、平安時代のような装束に身を包んだ若い男性。
見た目三十代前半といった姿のその男性は、彩乃もまだ知らない「斑」の本来の人型の姿だった。
人型になった先生は不機嫌そうに酒瓶を引っ掴み、ぐいっと一気に飲み干した。

「……人は脆く儚い。妖にとって、瞬きに等しい時間すら生きられない。そんな人間といてもつまらないと言っていたおめぇさんが、一人の人間の娘に執着するのは何故だ?」
「暇潰しだと言っただろっ!!」

しつこく尋ねてくるぬらりひょんに、苛立たしげに声を荒げる斑。
殺気だった鋭い視線に射抜かれても平然とするぬらりひょん。
睨み合う二人だったが、暫して斑の方が視線を外した。
自分を落ち着かせるように、そっと息を吐き出す。

「……友人帳を手に入れるまでの、僅かな付き合いだ。本の気まぐれで守ってやっているだけで、人間なんかを好きになった訳ではない。人の子は傲慢で、愚かで、弱く、呆気なく死んでいく……私はその短い生に少しだけ付き合ってやっているのに過ぎないさ。」

無表情でそう話す斑はどこか切なげで、そんな斑を見てぬらりひょんは少し寂しげに目を伏せた。
脳裏に浮かぶのは、一人の愛しい姫の姿。

「……斑よぉ、人と過ごせるのは本当に僅かな間だけだ。あの娘との時間を大切にしてやんな。」
「……ふん。」

斑はただ、ぬらりひょんの言葉に黙って耳を傾けるのだった。
願わくば、漸く誰かと寄り添うことのできた友とあの娘の絆が、少しでも長く続くことを願おう。
ぬらりひょんはそう願わずにはいられなかった。

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