第25話「ショッピング」

「え?合宿??」
「……はい。」

夕食の時間、皆で食卓を囲んでいた時に、彩乃は思いきって話を切り出した。

「部活に入ったのか?」
「いえ、まだ正式には……仮入部という扱いになっています。今回の合宿で体験入部する感じでして……」
「……そうか。いいんじゃないか?」
「でも……」

部活に入るとなれば、これからきっと何かと帰りが遅くなったりと色々と迷惑を掛けてしまうだろう。
ましてや合宿となれば、お金や手間も掛かってしまう。
居候の身分で、そんな迷惑を掛けたくない彩乃は、滋の優しい言葉に躊躇ってしまう。
しかし、彩乃がそんな事を考えていると二人はお見通しだったようで、塔子は柔らかく微笑む。

「私たちの事は気にしなくていいのよ 彩乃ちゃんが本当にやりたいのなら、部活でも合宿でも、私たちは喜んで協力するわ。貴女は私たちの大切な家族だもの。もっと遠慮なくわがままを言ってくれた方が、私は嬉しいわ!」
「塔子さん……」

彼女の優しい言葉に、思わず感動してしまった。
目尻が熱くなって、うるっと瞳を潤ませる彩乃。

(ああ、自分は何て幸せなのだろう……)
「滋さん、塔子さん。ありがとうございます。」
「あの、では……部活に入るかどうかはまだ決めてないのですが、合宿は……行ってみたいです。」

彩乃は今まで転校続きや色々な事情で、修学旅行や宿泊学習などの泊まりがけの行事にはあまり参加した事がない。
なので、正直言って合宿はかなり楽しみだったのだ。
躊躇いがちに、恥ずかしそうにそう口にする彩乃に、夫妻は嬉しそうに顔を見合わせて微笑むのだった。

「そうと決まれば、色々と準備しないといけないわね。今週の日曜日に透ちゃんも誘って二人で買い物に行ってらっしゃい!」
「えっ、あの、そこまでしなくても……」

何やら合宿に行く本人よりも気合いの入っている塔子に、彩乃は戸惑う。

「あら駄目よ。合宿にはお友達も沢山行くのでしょ?折角だからおしゃれな服も買いましょうよ。彩乃ちゃん、買い物に行ってもいつも遠慮して値段の安い物しか買わないんだもの……こういう時でもないときっとわがまま言ってくれないし、可愛い格好しましょう!」
「いえ、私は別に……」
「若いうちにしか出来ない事って多いのよ?子供は遠慮なんてしなくていいの。ふふ、楽しみね〜!」
「あ、あの〜……塔子さ〜ん?」
「ふふふ」
(駄目だ。もう聞いてない。)

楽しそうに鼻歌を口ずさみ塔子に、彩乃はちょっぴり苦笑しながらも、やはり嬉しそうに口元を緩めるのだった。

*****

翌日、多軌を誘って隣の県にあるショッピングモールにやって来た。

「わぁ〜、人がいっぱい……」
「本当だね。」

普段山に囲まれた静かな田舎町で生活している彩乃たちは、都会独特の空気と人混みの多さに圧倒された。

「私、こんな大きなお店で買い物するのって、実は初めてなんだ。」
「そうなの?だったら今日はめいいっぱい楽しみましょうよ!」

多軌の言葉に彩乃は嬉しそうに頷いた。
それから二人は手始めに洋服屋に入った。

「これなんかいいんじゃないかな?」
「う〜ん、可愛いけど、私には可愛すぎて似合わないよ……もっとこう、地味なのが……」
「そんな事ないよ!彩乃ちゃんは自分を卑下しすぎ!」

多軌が手に取ったのはレースのあしらわられた春らしいピンクのチュニックだ。
とても女の子らしくて可愛らしいのだが、その様なおしゃれな服など着たことがない彩乃は、絶対に自分には似合わないと着るのを躊躇う。

「もう、似合わないかなんて着てみなきゃわかんないでしょ?ほら、試着!」
「え、ええ〜……」

半ば無理やり服を押し付けられ、彩乃は試着室に押し込まれた。
それから数分後……

「うう〜……」
「ほら、やっぱり似合うよ〜!可愛い!」

初めて着る服装に悪戦苦闘しながら、多軌に勧められた組合せ通りに着てみる。
するとイメージ通りにだったのか、やっぱり似合うねと嬉しそうに言ってくれた。

「彩乃ちゃんはガーリーとか、フェミニンみたいな女の子らしい服装が似合うと思うの。」
「え?ガリ?」
「私も人にあれこれ言える程ファッションに詳しくないんだけどね、彩乃ちゃんとお買い物出来るって思って頑張って調べたの!」
「と、透ちゃん……わざわざ調べてくれたの?」

うっかり口走ってしまった一言に多軌はしまったという顔をすると、照れくさそうにはにかんだ。

「あっ……えへへ。」
「ありがとう、透ちゃん。」
「いいの、私が勝手にしただけだから!それよりも、次はこれね!」
「え……まだ着るの?」
「当然!」

今度はワンピースを勧めてくる多軌に、彩乃は顔を引き攣らせるのだった。
それからあれこれ試着し、多軌の勧めてくれた服を何着か購入することにした。
多軌も自分用に何着か購入し、その後は服に合わせて靴や鞄など(なるべく安い物)を購入したり、合宿に必要な道具を揃えたりと、あっという間に時間が過ぎていった。

「ふう、結構買ったね〜。」
「そうだね。……と、塔子さんからお小遣い多めに貰ってたけど、こんなに良かったのかな……」
「大丈夫だよ。彩乃ちゃんはもう少し藤原さんたちに甘えていいと思うよ?」
「そうかなぁ〜……」

塔子さんと滋さんには、今でも充分すぎるくらいに大切にしてもらっているのに、これ以上甘えるのは気が引ける。
二人の本当の子供でもない自分は、どこまで甘えていいのかわからないのだ。

「じゃあ、夜にまた電話するね!」
「うん!またね!」

地元の駅に帰ってきた彩乃たち。
すっかり空は夕焼け色に染まっており、二人は駅で別れる事となった。

「……ところで、彩乃ちゃんは携帯買わないの?」
「え?携帯?」

何気なく多軌に言われ、彩乃はきょとりと目を丸くする。

「ないと不便じゃない?今年から学校も遠くなったし、部活に入るのならきっと帰りも遅くなる日もあるだろうし……連絡手段は必要じゃないかな?塔子さんたちに頼んでみたら?きっと了承してくれると思うよ。」
「……うーん、確かにあれば透ちゃんともLINEできるし、色々と便利だろうけど……さすがに携帯は高すぎて簡単に頼めないよ。」
「……そっか、そうよね。無理言ってごめんなさい。」
「ううん。それじゃあ、また学校で!」
「ええ、また明日!」

お互いに手を振って、二人は別れたのだった。
けれど、彩乃の一日はまだ終わらない。
もうすぐそこに、新たな出逢いが待っていた。

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