第26話「子狐に出会う」

この森で僕の知らないことはない。
魚のたまり場、アケビの谷、レンゲ畑、春にきのこの採れる場所。
みんな、かあ様が教えてくれた。

「ふふ、今日もこんなに採れた。」

森の中を一匹の小さな子狐が両手いっぱいにきのこを抱えて走り抜ける。

「かあ様がいなくても、僕だって立派に生きてみせるんだ!」

その子狐は数日前に、母狐を病で亡くしたばかりの幼い妖狐だった。
ここ数日は泣いてばかりだった子狐だが、天に召された母を心配させないためにも、一人立ちを決意した。
今は夕食のきのこ狩りから巣に帰るところだった。

ガサッ
「……ん?」
「おいチビ狐、まだ森をウロチョロしているのか。」
「きゃーーっっ!!」

茂みががさりと揺れたかと思うと、そこからいつも子狐をいじめる妖怪たちが現れた。
牛の様な姿の妖怪と、一つ目の妖怪。
二人とも、子狐よりもずっと力のある妖だった。

「弱い奴は目障りだ!」
「そうだぞ!出ていけ役立たず!!」
「やめて、やめてよぉ〜!」

無抵抗の子狐に妖怪たちは容赦なく殴ったり、蹴ったりなどの暴力を振るう。
折角子狐が採って来たきのこも踏みつけられてしまう。

「うう、かあ様……かあ様っ!!」
「やめなさいっ!」
ガサッッ!!

その時、茂みから大きな影が飛び出してきた。
それは子狐を守るように前に出ると、鋭い眼差しを妖怪たちに向けた。

(だっ……誰!?)

子狐が驚いて顔を上げると、そこには銀色の髪を靡かせて妖怪たちを睨み付ける一人の少女がいた。

「あなた達何やってるのよ!こんな小さな子供をいじめて!!――あれ?妖怪?」
「むっ!?貴様、人の子か?!」
「人のくせに妖を見るとは生意気な……喰ってやる!!」
「っ!」
ゴッ!
「ぎゃっ!」
ガンッ!
「ふぎゃっ!」
「……まったく。」
「……っ!(ひいいっっ!)」

銀髪の娘は拳一つで二人の妖怪を気絶させると、ちらりと子狐の方へ視線を向けてきた。
あまりの恐怖にブルブルと震え上がる子狐。

「――ねぇ、だいじょう……「きゃーーっっ!!」……あっ!」

彩乃が声を掛けた瞬間、子狐は悲鳴を上げて逃げていった。

「……私、余計なことしたのかなぁ?」
「……お前が恐ろしかったんだろうな。」
「先生っ!」

子狐が去っていった方向を呆然と見つめながら呟くと、何故か先生がいた。

「……迎えに来てくれたの?」
「阿呆っ!たまたま通りかかっただけだわ!」
「ふ〜ん?」

にんまりと意地悪げに笑う彩乃に、ニャンコ先生の額に青筋が浮かぶ。

「何だその何か言いたげな気持ち悪い笑みは!」
「何でもないよ〜?」
「ムキーっ!」
ガサリッ
「……」

いつものように憎まれ口を叩きながら家を目指して歩く一人と一匹の様子を、こっそりと小さな影が覗いていたことに、二人は気付かなかった。

*****

「……」
てくてく
「……(ちらっ)」
てくてく……ぴたり。
「……はあ。」

次の日の月曜日、彩乃はいつものようにニャンコ先生を連れて学校へ向かっていた。
しかし、今日はいつもと少しだけ違っていた。

「……何か用かな?」
びくうっっ!!

家を出て駅に向かって歩いていると、昨日助けた子狐と再会した。
再会したというよりは、本人は彩乃たちに気付かれないようにこっそりと後をつけているようだった。
余計なことに首を突っ込みたくない彩乃は、最初は子狐の存在を無視して歩いていたが、どこまでも健気についてくる子狐を無視できなくなって、とうとう声をかけてしまった。

「……あっ、あっ…」
「?」
「きゃーーっっ!!」
「……あっ!」

子狐は突然声をかけられて驚いたのか、暫く彩乃と見つめ合った後、悲鳴を上げて逃げていった。

「……何か、あそこまで怖がられると軽く落ち込むんだけど……」
「お前の顔が余程恐ろしいだな。無理もない。」
「ちょっとニャンコ先生。それどういう意味?」
「そのまんまだが?」
「……今日のおやつ抜き!」
「なにーーっっ!?」

ニャンコ先生の言葉に腹を立てた彩乃は、必死に弁解する先生を無視して歩き出す。

「すまん!彩乃!お前は優しくて美人だぞ〜〜………たぶん。」
「……」
「彩乃ーっ!おやつくれーーっ!!」
「先生なんて知らないっ!」
「彩乃〜っ!」

食べ物のことになると必死になる先生を心の中で笑いつつも、彩乃はあの独りぼっちの子狐が気になっていた。

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