第39話「雛の旅立ち」

我を忘れて暴れていたタマも落ち着きを取り戻し、漸く家に帰れると誰もが安堵した。

「……結局、最後まで巻き込んじゃってごめんね。みんな。」
「全くだ、お前はいつもいつも……」
「まあまあ、斑も落ち着いてよ。」
「おいぬらりひょんの孫。気安く私の名を呼ぶでない!」
「え?でもそれならなんて……」
「敬意を込めてニャンコ先生と呼べ!」
「ちょっと!リクオ様になんて口の聞き方……」
「落ち着け雪女。」

先程までの緊張感が嘘のように賑やかな時間が流れる。
彩乃はホッと安堵の息をつくと、思い出したようにあの人を探した。

「……そういえばネズミは?」
「ん?そういえば見掛けんな。恐らくタマを畏れて逃げたのだろう。」
「……そう」
(せめて、手当をしてあげたかったな……)

彩乃は少し残念そうに目を細めた。

「タマ、私達も帰ろう。」
「……」

彩乃がタマに声を掛けると、タマは何を思ったのか体を低くして、まるで彩乃に乗れと言うかのように嘴を摺り寄せた。

「どうしたの?タマ?」
「乗れと言っているんだろう。おそらくはもう巣立つ。だから最後に別れの挨拶がしたいのだろう。」

巣立つという先生の言葉に彩乃は驚く。
そして、タマを見上げると寂しそうに尋ねた。

「……そうなの?タマ。」
「……フー……」

タマはまるでそうだと肯定するように再び嘴を彩乃に擦り寄せる。
それを肯定と受け取ったリクオは、気を遣って彩乃に声を掛けた。

「僕等はもう帰りますね。」
「え、奴良くん?」

そう笑顔で言うリクオに、彩乃は戸惑った様子で彼らを見るが、次の瞬間には彩乃はある者によってタマの上へと引っ張り上げられた。

「ほら、さっさと乗れ!」
「わわっ!先生!?」

レイコ似の女性の姿へと変化した先生によって、彩乃は無理やりタマの背へと乗せられる。
女性の姿と言えどもやはり妖怪。とても女性の力とは思えない力で軽々と片手で持ち上げられてしまった。

「いけ、タマ!」
「クァァァァーー!!」
「え、ちょっ、わーーっ!!」

先生の掛け声を合図にタマは翼を大きく広げて空へと飛び立つ。
高く高く、空へと舞い上がるタマの背中から見下ろした町並みはとても小さく、ちらほらと見える建物の明かりが幻想的な美しさを引き出していた。

「……すごいねタマ。鳥になったみたい。」

柔らかなタマの体に顔を埋めて、彩乃は静かに語り出す。

「――聞いてタマ。私もね、親の……本当の両親のことは知らないの。ずっと、独りだったの……そのことは……変かもしれないけど、あまり寂しくは感じなかった。でも……とても悲しかったの……」

この町に来て、自分を愛してくれる優しい人達に出会えた。
たまにその人達との距離を感じて寂しくなるけれど……

「でもね、今はもう悲しくないの。タマも……そうなれたらいいな。」

独りを知り、愛されようと藻掻いた君の悲しみを、ほんの少しでも晴らしてあげられたらいいな……

それからタマは私たちを家の屋根に降ろすと、藤原家の上を数回旋回した後、遠くの空へと旅立っていった。

*****

――翌日、ネズミと再会した。

「……怪我はもう大丈夫なの?」
「まあな……しかし、成獣も美味らしいが、凶暴で手が出せん。主に怒られるな……」
「あの……これお見舞のたい焼き……ごめんね。卵横取りしちゃって……」

タマを護り抜いた事は後悔してないが、彼にも事情があったのに、邪魔をした上に怪我をさせてしまったことを少なからず申し訳ないと思っていた彩乃は、ネズミの為にたい焼きを作った。
最初は驚いていた彼も、笑ってたい焼きを受け取ってくれた。

「――何、また探すさ。成獣が一匹旅立ったのだ。いつかはそれの卵がどこかで新しい命をかえすさ。」

あの後、タマの残していった巣をこっそり覗いてみた。
中身はやっぱり空だったけれど……
その底に残っているものを、私は知っているような気がした。

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