氷麗の想い(雛編番外編)

50年くらい前、レイコは総大将や鯉伴様に気に入られ、時々奴良組にやってきては二人に勝負を挑んでいた。
その頃は私も今より少し幼くて、雪女と言うよりは、雪ん子と言う印象だった。

「かわいい!」
「きゃあ!」

ぎゅうっと力強く抱き締められ、氷麗は悲鳴を上げた。

「この子雪ん子?小さくて可愛いわね〜!」
「ち、違うわ!私はもう立派な雪女よ!!」
「そう?まだ子供じゃない。」

レイコに抱き締められたまま、雪ん子と呼ばれた氷麗は頬を膨らませて怒る。
しかし、レイコはそんなのお構いなしに彼女の頬を突っついては笑っていた。

「あはは、柔らかい!」
「ちょっ、やめて!」

じだばたと暴れて何とか逃げようとした氷麗だったが、それが良くなかった。
次の瞬間、悲劇は起きた。

ジュウゥ
「温っっ!!」
「……あ……」

氷麗が暴れてレイコの制服を引っ張ってしまい、レイコの胸ポケットに入っていたホッカイロが暴れた拍子に運悪く飛び出て、氷麗の手に触れてしまった。

シュワ……
「き、きゃーっ!手が溶けたぁ!!」
「あらら、流石雪ん子ね。」
「ふえ〜ん!」

その後すぐに雪をかけて無事手は元に戻ったが、幼い氷麗にとって、レイコはトラウマになってしまった。

*****

「あんな事があって、レイコの孫を信用なんて出来ないわよ……」

洗濯物を干しながら氷麗は一人呟いた。
あの騒動の後、氷麗はレイコから謝罪されなかった上に、勝負を挑まれた。
幸なのは、名を奪われる前に事態に気づいた首無たちがレイコを止めてくれたお陰で名を奪われずに済んだことである。

「……確かに、首無との会話でレイコよりは幾分かマシかもって思ったけど、でもまだ信用なんてしないわ!」

せっせっと大量の洗濯物を干しながらぶつくさと呟く氷麗。
昔レイコから植え付けられた恐怖は、しっかりと氷麗に警戒心を持たせていた。

(レイコには仲間の殆どが名を奪われてるのよ。そんな女の孫とは言え、みんな警戒心が無さすぎよ!あっさりとあの子を信用なんてしちゃって……リクオ様に何かあってからでは遅いのよ!)
「……私だけでもしっかりしなきゃ……人間とは言え、絶対に隙は見せないし、信用なんて簡単にはしないわ!」
(そうよ。私がリクオ様を守らなきゃ!)

氷麗はそう固く決意すると、次の仕事へと忙しそうに庭を後にするのだった。

*****

『心配してくれたのに本当にごめんなさい。
でもね。友人帳のことも、雛のことも、私が自分から関わったの。自分からやるって決めたから……だから、最後までやり遂げたいの。』

なんて強い目をするんだと思った。
霊力が強いだけのただの人間なのに。
友人帳を悪用しないし、何故か自分から妖怪に関わろうとする。
妖怪を子分にしたレイコと違って、この子は妖怪に優しい。
だからだろうか……

「……本当に、大丈夫なの?」
「……え?」

斑とかいう強い妖怪が側にいるとは言え、妖怪が狙っている雛を手放さず最後まで面倒を見たいと言ったこの子の身を、案じてしまった…
しかもそれを本人に見抜かれてしまい、お礼まで言われてしまった。

どうして?
私は貴女に意地悪なことをいっぱい言ったのに……

「……変な人……」

夕暮れの空を駆けていく後ろ姿を見つめながら、氷麗は小さく呟くのだった。

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