第43話「捩眼山」

「ふわ〜やぁとついたぁ〜〜!」
「疲れたね〜。」

駅からバスを乗り継いでいくこと数時間。
彩乃たちは漸く目的の捩眼山に到着した。
みんな何時間も座り続けたせいで体が固くなっており、バスを降りてから体をほぐしたりとどこか疲れが見えていた。
しかし、飽くまで山に到着しただけであり、今日宿泊予定の別荘に辿り着くには山を登る必要があった。
今はまだ昼前である為、清継は妖怪先生という人と待ち合わせしている「梅若丸の祠」に向かう事になったのだ。

そして1時間後――

「なんだよ〜!ず〜と山じゃんか!!」
「当たり前だ!修業だぞ!!」
「足痛い〜!」

永遠と続く階段を登り始めて一時間近く経つが、未だに祠の様なものは見えてこない。
みんな疲れがピークに達し、ぶつくさと文句を言い始めてしまった。

「……ぜぇぜぇ……」
「夏目先輩、大丈夫ですか?」
「う、うん。何とか……」

彩乃も体力の限界がきており、ふらふらと重い足取りで階段を登り続けている。
そんな彼女をリクオが心配して話し掛けてくれた。

(うう、辛い……)

普段から妖に追いかけられて逃げ足を鍛えられている割に、彩乃は一向に体力がつかないのを常日頃から気にしていた。
いつも走っているのなら体が鍛えられそうなものなのだが、普段から少食であまり食事を取らないせいもあってか、彩乃は平均の女子より筋肉も体力も劣っていた。

「……うん?」
「どうかした?ゆらちゃん。」
「何やろ……あれ……」
「え?」

辛抱強く階段を登り続けていると、ゆらが何かを発見した。
ゆらの視線の先にあるものが気になり、みんなの視線がそちらに向く。

「小さな祠に……お地蔵様が祀ってある。」
「どこ?」
「ほら、あそこ。何か書いてある。」
「う〜ん、読めないぞ?」

祠と思しき場所は彩乃たちの位置からまだ遠く、辺りにも霧が立ち込めていた為祠の文字を読むことが出来なかった。

「ちょっと見てきます。」
「アクティブな陰陽師だ」
「『梅若丸』って書いてあるよ。」

ゆらが近くに行って見て来ようとすると、リクオには祠の文字が見えるのか、大きな声で「梅若丸」と読み上げた。

「あっ、ホンマや。」
「梅若丸の祠……きっとここだ!やったぞゆらくん!流石だ!!」
「はあ。」

目的の祠を見つけることが出来た清継は興奮した様子でゆらの背を叩く。

「意外と早く見つける事が出来たな……さすが清十字怪奇探偵団!」
「これが……」

彩乃は何となく祠の石に触れた。

ズキンッ
「……っ!」

『かあさまぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』

「――っ」
「先輩!?」

ふらりとよろめく彩乃を、ゆらが慌てて抱き止める。

「彩乃先輩どうしたんや!?」
「……ごめん。ちょっと疲れたみたい。」
「でも……顔色悪いですよ?具合悪いんじゃ……」

ズキズキと痛む頭を押さえながら真っ青な顔の彩乃。
それに気付いたゆらやリクオたちが心配そうに声を掛けてくる。

「……」
(……今、何か見えた?)

祠の石に触れた瞬間、誰かの悲痛な叫び声が聞こえた。
そして視界いっぱいにまるで血の様な赤が広がった。

「……この場所……危ないかもしれない……」
「え?」

思わず呟いた言葉にゆらが不思議そうに首を傾げる。
ゆらが何を言ったのかと尋ねようとした瞬間、ガサリと草むらが揺れた。

「やあ、みんな揃ってるね……」
「……誰?」
「ああ!あなたは!!作家にして妖怪研究家の……化原先生!!」
「うん!」
「「ええっ!?」」

突然ひょっこりと現れたその男性は、どうやら清継の言っていた妖怪先生だったらしい。
あまりにも見窄らしいその姿に皆が驚く中、漸く会うことの出来た清継はものすごく感激していた。
そしてその化原先生という男性はこの祠に祀られている「梅若丸」について語り始めた。
梅若丸……千年程前にこの捩眼山に迷い込んだやんごとなき家の若者の名。
生き別れた母を探しに東へと旅をする中、この山に住まう妖怪に襲われた。
この地にあった一本杉の前で命を落とす。
だが、母を救えぬ無念の心がこの山の霊障に当てられたのか、哀しい存在へと姿を変えた。
梅若丸は牛鬼と呼ばれる鬼 となり、この山に迷い込む者達を襲うようになった。

「その梅若丸の暴走を鎮めるためにこの山にはいくつもの供養碑がある。そのうちの一つがこの『梅若丸の祠』だ。」
「……」

彩乃は妖怪先生の話を聞きながら冷や汗が止まらなかった。

(今の話……きっと、私がさっき見たのはその梅若丸の記憶なんだ)

確かな証拠はない。
だが、彩乃は自分が見たものが梅若丸の記憶だと妙な確信があった。

「……ニャンコ先生。」
「……ああ、ここは牛鬼の山だ。安全とは言えんだろう。」
「……だよね。」

一刻も早く山を降りた方がいいだろう。
彩乃はそう思ってみんなに声を掛けようとした。しかし……

「意外によく有りがちな昔話じゃんか。」
「妖怪先生が妖怪修業なんてゆーからさー。ビビらせんなっつーの。」
「あれ?信じてない?んじゃーもう少し見て廻ろうか〜。」
「えっ!?」

予想外の展開だった。
このままではどんどん山の奥に進むことになってしまう。
彩乃は慌てて声を上げた。

「ま、待ってみんな!ここ、危ないかもしれないよ?早いうちに山を降りよう?」
「え〜?ここまで来て降りるんですか〜?」
「そうですよ先輩!修業はまだ始まったばかりですよ!!」
「い、いや、あの……」

彩乃の静止も虚しく、みんなはどんどん妖怪先生の後を追って先に行ってしまう。
この山が本当に危ないという確かな確信はない。
だから彩乃も強く言う事が出来ないのだった。

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