第44話「糸」

「いーやーだぁー!」
「帰ろーよぉこんな山ーー!!」

大声で帰りたいと叫ぶ巻と鳥居。
あれ程温泉が楽しみだと言っていた二人がここまで嫌がるのには訳があった。
それは遡ること30分前の事。
妖怪先生という人の後をついて行くと、そこには大木に熊よりも大きな獣の爪痕や、もげた爪の一部が食い込んだ大木が沢山あったのだ。
それを見た二人はこの山に妖怪が本当にいると理解して、等々帰りたいと口にするようになったのだった。

「みてよぉこーんなでかい爪ー。死ぬって〜!」
「ホントに喰われちゃうよ〜妖怪に〜!」
「そうだよ。鳥居さんと巻さんの言う通り、今すぐみんな帰った方がいいよ。」
「私もその方がいいと思う」
「よーし奴良!先輩!あんたらついてきな!!」

巻と鳥居を後押しするようにリクオと彩乃も同意する。
すると巻と鳥居が彩乃とリクオの肩にがっちりと腕を回すと、帰ろうと山を降りようとし始めた。
しかし、時刻は6時30分を回っており、既に日が傾き始めた時間でそれはあまりにも危険だった。

「待ち給え!暗くなった山を降りる方が危険だ!!それに降りてもバスはもうない!!」
「「ええーーっ!!」」
「ふふ、何をビビっているんだ君たち!?僕の別荘があるじゃーないか!!この山の妖怪研究の最前線!!セキュリティも当然抜群だ!!」
「えっ……それは……」
「セキュリティ?妖怪に?効くかな……??」

人ならざる者に人間の科学力が果たして効くのだろうか?
リクオと彩乃の疑問を蹴散らす様に清継が自信満々に大丈夫だと言う。
更には妖怪先生があの爪痕も誰かの作り物かもしれないと言うので、巻たちは落ち着きを取り戻し始めてしまった。

「それにほら!妖怪に襲われたとしてもこっちには少女陰陽師のゆらくんと祓い屋の夏目先輩がいるじゃないか!!」
「えっ!?私!?」
「ねえ!?ゆらくん、先輩!大丈夫だよねぇ!?」
「「……」」

ものすごく頼りにしているよという期待に満ちた眼差しで見つめられても、いざとなって守れる自信はない。
あまりにも他人任せな清継に二人は固まってしまった。

「あ、先生も一緒に……」
「いや、ワシはもう山を降りるよ。邪魔じゃろう」
(……あれ?)

帰ろうとする妖怪先生の背後に、何かきらりと光るものが見えた気がして、彩乃は思わず目を凝らした。
よくよく見ると、それは糸の様に見える。

(……糸?何で糸なんて……あっ!?)

糸の先を辿るように頭上を見上げると、そこには何かの動物の骨を被った妖怪と思しき人影があった。

「〜っ!!??」

思わず叫びそうになって、慌てて視線を逸らす。
声を漏らさぬように口を押さえるが、冷や汗が尋常でないくらい溢れてきた。

「そおだ……夜は危ないから絶対に出ない方がいい」
「……っ!?」
(もしかして、私達を襲う気なんじゃ!?)

意味深げな言葉を残して去って行く妖怪先生に彩乃はどうにかしなければと焦ってしまう。

「ヒノエ、カゲロウ!ここはお願い!!」
「はっ!?ちょっと彩乃!?」
「彩乃様!?」
「えっ!?夏目先輩!?」
「ごめん、ちょっと行ってくる!!」

突然妖怪先生を追って走り出す彩乃をヒノエとカゲロウ、清継たちが驚いた様子で見つめる。
しかし、彩乃は慌てて彼を追いかけてその事を気にしている暇はなかった。

- 56 -
TOP