第48話「氷麗は夏目が嫌い」

幼い頃のトラウマからか、レイコは嫌いだった。
そのレイコを思い出させるような瓜二つの容姿を持つその孫も、友人帳のこともあってとても警戒していた。
鯉伴様の代から奴良組にお仕えし、リクオ様が生まれてからずっとお守りしてきた。
大切な三代目となるお方。弟のような、家族のような、恋い焦がれる恋人を想うような、そんな一言では表現できないような愛しさを持つリクオ様をお守りしなければと、私はずっとあの子……夏目さんに冷たい態度を取ってきた。
リクオ様が万が一にもあの子に引かれることのないように、あの子がリクオの名を奪わないように、極力二人を近づけないようにしていた。
それは夏目さんも薄々気づいているようで、あまり私に話し掛けてくることはない。
自分を嫌っている相手に親しくする程お節介ではないようで、一定の距離を保ってくれていた。
最近はあの子の妖怪に対する無謀さに心配になったり、妖怪に優しくするあの子に、少しだけ考えを改め始めていた。
だけど、ずっと冷たくしていた私と今更仲良くなんてしてくれないだろう。
きっとあの子も私を嫌ってる。そう、思っていたのに……

――どうして、あなたが私の目の前にいるの? 

「どうしよう……迷った。」

リクオ達を追って来たのはいいが、今、彩乃の前には二手に別れた道があった。

「……どっちに行ったかわかる?先生。」
「匂いが二つに分かれてるな……おそらく二手に分かれて行ったのだろう。」
「ええ〜、……それじゃあ私達も二手に分かれよう!先生はあっちね!」
「お、おい!待て彩乃!!」

呼び止めるニャンコ先生の声を無視して、彩乃は先に行ってしまう。

「……ちっ、面倒な……」

ぶつくさと文句を言いながらも、ニャンコ先生は彩乃とは別の道を行くのだった。

*****

――その頃氷麗はというと、牛鬼組の一人、牛頭丸と対峙していた。
リクオの命令で島を追っていた氷麗は、突然牛頭丸に襲われたのだ。
最初は侵入者か何かと勘違いして誤って攻撃してきたのかと思った。
しかし、牛頭丸は氷麗が本家の妖怪であり、リクオが三代目候補だと知った上で氷麗を襲ってきたのだ。
油断して足を斬られてしまった氷麗は、牛頭丸に追い詰められていた。

「あなた、どうしてリクオ様を狙うのよ!」
「さっきからうるせーよ雪女!」
「……っ、の……呪いの……ふぶき……」
ピキピキピキ

牛頭丸が刀を振り下ろしてくるので、氷麗は咄嗟に刀に冷気をかけて凍られていく。
しかし、怪我を負っているせいかいつもより凍り付くのが遅い。

ドガァッ!
「つぁ!」

牛頭丸に腹を蹴り飛ばされ、よろめく氷麗。
牛頭丸はその隙を逃さず、そのまま勢いよく氷麗に横蹴りを加える。

「うっ!」

蹴り飛ばされた勢いで地面に倒れ込んでしまう。

「私が……私が若をお守りしないといけないのに……」
「死ね」

牛頭丸は倒れ込む氷麗に止めを刺そうと刀を垂直に振り下ろす。
最早絶体絶命と目を閉じた氷麗の耳に、有り得ない人物の声が聞こえた。

「及川さん!!」
「うわっ!」

草むらから勢いよく飛び出して、牛頭丸に突進してきた影。
それは彩乃だった。
彩乃は全身全霊をかけた渾身の突進を牛頭丸に食らわせると、二人して一緒に地面に倒れ込んだ。

「いってぇ〜誰だてめぇ!!」
「……っ!」

彩乃は素早く起き上がると、咄嗟に近くに落ちていた木の枝を棒切れ代わりに構えた。

「及川さん大丈夫!?」
「あなた……何で!?」

何故ここにいるのだとか、疑問は尽きないが、人間の彼女が自分を助けてくれた。
その事に氷麗はとても驚いた。
牛頭丸を威嚇するようにスッと目を細め、棒切れを構えるその後ろ姿を、氷麗は唖然と見つめるのだった。

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