第49話「夏目VS牛頭丸」

「呪いの吹雪・風声鶴麗!!」
「うわっ!」

牛頭丸が彩乃に気を取られている一瞬の隙をついて、氷麗は咄嗟に技を放つ。
強烈な吹雪によって下半身を氷漬けにされ、牛頭丸は動きを封じられてしまう。
氷麗はその隙に彩乃を連れて逃げようと彼女の手を取って走り出す。

「夏目さんこっちへ……つぅ!」
「及川さん!?」

彩乃を連れて走り出そうと足を踏み出した瞬間、氷麗の足に激痛が走る。
思わず跪いてしまった氷麗に、彩乃は慌てて彼女に近づく。

「足怪我してるの!?大丈夫!?」
「そ……そんなことよりも、早く逃げなさい!!」

この足では逃げ切れないだろう。
そう判断した氷麗は、彩乃だけでも逃げるように叫ぶ。
そして少しでも彼女が逃げる時間を稼ごうと立ち上がった。
どうして自分を助けに来てくれたのか聞きたいことは沢山ある。
だが今は、彼女を守らなければ!

「そんな怪我じゃ戦うなんて無理だよ!」
「いいから!私なんか放って逃げなさい!!」
「逃がすかよぉ!!」
パキンッ!ガラガラ……

氷麗と彩乃がお互いを庇っている間に、牛頭丸は刀で氷を細かく砕き、氷から出てきてしまった。

「てめぇその面……レイコの孫だな!?」
「……あなたもレイコさんを知ってるのね?」

牛頭丸の口から出た言葉に彩乃は反応してしまう。
「レイコ」という言葉を聞いて、牛頭丸はぎりりと歯を噛み締めて彩乃を憎々しげに睨み付けた。

「忘れる訳がねぇ……あいつは、牛鬼様の誇りを傷つけやがったんだからな!散々仲良くしてやったのに!!」
「え……」

あまりにも憎々しげに睨んでくる牛頭丸に、彩乃は困惑してしまう。
そして彼相手に怖いと感じてしまった。
それを感じ取った牛頭丸はにやりと口角を吊り上げる。

「……てめぇ、今俺を畏れたな?妖怪相手に畏れたら負けだぜ。」
「……っ」

彩乃は怖いと感じながらも、持っていた棒切れを木刀のように構えて、牛頭丸を迎え撃とうとしていた。
それに慌てたのは氷麗だ。

「やめなさい夏目さん!人間のあなたじゃ敵いっこないわ!!」
「……わかってる……でも……」
「いいから、ここは私に任せて逃げなさい!!」
「できないよ!怪我をしている女の子を置いて自分だけ逃げるなんて真似、出来るわけないじゃない!!」
「夏目さん……」

今、自分の側にはいつもいざという時に守ってくれていたニャンコ先生はいない。
及川さんは怪我をしていて頼れない。
正直、今すぐにでも尻尾を巻いて逃げ出したい程に怖い。
だけど、今ここで及川さんを置いて逃げたりなんてしたら、確実に及川さんは殺されてしまうし、何より、自分を守ろうとしてくれている彼女を放って逃げ出す何て事、自分が許せない。
カタカタと恐怖で震える体を叱咤して、彩乃はじっと牛頭丸から視線を逸らすことなく睨み付けた。
唖然とする氷麗に、虚勢を張る彩乃を牛頭丸は嘲笑う。

「はん、人間のてめぇに、何が出来るんだよぉぉぉー!!」
「……っ!」

牛頭丸が咆哮を上げて彩乃に迫ってくる。
それに彩乃は逃げることなく気の棒を握り締める手の力を強めた。

ガンッ!
「うあっ!」
「何っ!?」

たかが棒切れなど、簡単に切れると思っていた。
棒切れごと彩乃を斬る勢いで刀を振り下ろしたのに、ただの棒切れは砕けることなく牛頭丸の一太刀に耐え抜き、見事彩乃を守った。
その事に目を見開いて驚く牛頭丸。
しかし、棒切れは砕けはしなかったが、持っていた彩乃の方が牛頭丸の一太刀の衝撃に腕が耐えきれず、痺れで棒から手を放してしまった。

「何で……」

牛頭丸は地面に転がった棒切れを信じられないと言った表情で見下ろした。

『いいか彩乃……』

――去年の秋頃、転校が決まってからニャンコ先生に護身用にある程度の術の使い方を教わっていた。
その一つがこれだった。
昔、レイコさんもやっていたという術。
自分の霊力をものに込めて、脆いものを固く強固な武器へと変える術。
霊力でものをコーティングし、頑丈なものへと変えることができるという、妖祓いに使われる初歩的な術らしい。
柔らかな豆腐もこの術を使えば危険な鈍器へと変化するこの術。
護身用にとニャンコ先生から教わっておいて良かった。
しかし、その肝心の棒切れはたった今手放してしまった。
拾っている間に牛頭丸に斬られてしまう。
彩乃は絶体絶命に立たされてしまった。

「……ちっとは妙な術使えるみてーだな。」
「……う」
「だが、これで終わりだよ!!」
「っ!」

牛頭丸が自分の足元に転がる棒切れを横に蹴り飛ばすと、再び刀を彩乃目掛けて振り下ろした。
もう打つ手のない彩乃は、斬られると咄嗟に目を閉じた。

「やめてぇぇぇーーっっ!!」
ゴウッ!

氷麗の悲痛な叫びが山に木霊する。
すると、一陣の風が牛頭丸と彩乃の間に吹いた。
風……いや、それは白い影だった。
草むらから飛び出したその大きな白い影は牛頭丸目掛けて突進してきた。

「うわぁっっ!!」
「貴様っ!!」

白い影は牛頭丸に覆い被さると、低く唸る。
彩乃はその白い影の正体に、歓喜の声を上げた。

「先生ーーっ!」
「氷麗、夏目先輩!大丈夫ですか!?」
「リクオ様!?」

その白い影は本来の姿に戻ったニャンコ先生…いや、斑だった。
そしてその斑の背に乗ってリクオも現れた。
突然現れた救世主に、彩乃は漸く震える体から力が抜けていくのを自覚するのだった。

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