第52話「歯がゆい気持ち」

妖怪として覚醒したリクオは、牛頭丸との戦いに勝った。
服はボロボロになってしまったが、元気そうな姿に氷麗は心から安堵した。

「……若……良かった。ご無事で……」
「おいっ!」
「及川さん!?」

安心して気が抜けたのか、氷麗はふらりと倒れ込んでしまった。
慌てて抱き止める彩乃。しかし、氷麗は戦いのダメージが大きかったのか気を失ってしまった。

「……気絶しちゃった。安心したのかな……と、取り敢えず手当てしないと!!」
(大方の荷物は部屋に置いてきちゃったけど、確か持ってきていた筈……)

ごそごそと鞄の中を探ると、目的の物を見つけて彩乃はほっと表情を緩めた。

「あった、救急セット!奴良くんも手当てしよ!」
「……いや、俺はいい。それより、氷麗を頼んだ。」
「……もしかして、牛鬼と戦うの?」

氷麗を彩乃に任せて何処かに向かおうとするリクオに、彩乃は尋ねる。
するとリクオは足を止めて彩乃に振り返る。

「確かめなきゃならねぇ……」
「お前如きでは死ぬぞ?」
「っ、先生!?」

牛鬼と決着をつけようとするリクオに、これまでずっと沈黙していた斑が口を開く。
死ぬと言われて思わず不安そうにリクオを見つめる彩乃と違い、リクオは覚悟を決めたようにその瞳には迷いがなかった。

「死なねぇよ。俺にはやりてーことがあるからな。」
「……ふん」

そう言って不適に笑うリクオに、斑は今度は何も言わなかった。

「……気をつけて」
「ああ」

決意したリクオに、彩乃は止める言葉を掛けるのを止めた。
ただリクオを信じて、背中を押すことに決めたのだ。
リクオは彩乃の言葉に頷くと、山の奥へと消えていった。

*****

「……よしっと、これで取り敢えず止血は大丈夫かな。」

刀で斬られた氷麗の足にきつく包帯を巻くと、彩乃はそっと息を吐いた。
気を失った氷麗はいつの間にか人間の姿に戻っていた。
意識が無くとも、どうやら人間の姿には変化出来るらしい。

(……後は……)

ちらりと、彩乃は少し離れた場所で横たわる牛頭丸に目を向けた。

「おい彩乃、そろそろ戻るぞ。」
「ちょっと待ってて、先生。」
「は?」

招き猫の姿に戻ったニャンコ先生が戻ろうと声を掛けるが、彩乃は救急セットを持って牛頭丸に近寄った。

「……起きないでね。」

もし、意識を取り戻して襲われたりでもしたら、今度こそ殺されてしまう。
内心ヒヤヒヤしながら、彩乃は牛頭丸の手当てを始めた。
それにニャンコ先生は呆れたように文句を言う。

「お前は馬鹿か!自分を殺そうとした奴の手当てをするなんぞ、正気の沙汰じゃないぞ!!」
「先生静かにして。起きちゃうでしょ!」
「……このお人好しが……!」

ぶつくさと文句を言うニャンコ先生は放っておいて、彩乃は残った薬や包帯で手当てをしていく。

(……薬は……止めておいた方がいいかな?人間の薬じゃ合わないかもしれないし、包帯だけ巻いて止血しよう)

男性の体に触るのは躊躇いがあるが、背に腹は代えられない。
彩乃は着物を少し肌蹴させると、もくもくと包帯を巻き始めた。

「……よし、なんとかできた。」

全く手伝ってくれないニャンコ先生のせいで、かなり時間が掛かってしまった。
だが、素人ながら何とかやれることはやったつもりだ。
満足そうに牛頭丸の着物を直すと、彩乃は漸く立ち上がった。

「お待たせニャンコ先生。及川さんを別荘に連れていこう。」
「……たく、この阿呆が。さっさと戻るぞ。」
「うん」

氷麗を背におぶると、彩乃はふらふらと少し危なっかしい足取りで歩き始めた。
去り際に、一度だけ牛頭丸を振り返ったが、彼はまだ眠りについたままだった。

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