第53話「VS馬頭丸」

「そこをお退きカゲロウ!」
「なりませんヒノエ殿!」

脱衣場の前で入口を塞ぐようにして立つカゲロウ。
そこを突破して何とか温泉に向かおうとしているヒノエ。
女湯を覗こうとしているヒノエをカゲロウが必死に止めようとしているのだが、そのシュールな光景を見たら、ニャンコ先生はきっとこう言っただろう。くだらんと。

「ええい!彩乃の玉の肌が拝めない気晴らしに他の娘達の肌を拝もうとしている私の楽しみを邪魔するんじゃないよ!!」
「いけません!!彩乃様にも覗くなと言われたではありませんか!!」
「そんなの私は了承してないよ!!」
「駄目なものは駄目です!!」
「ええいもう!いい加減にそこをお退き!!じゃないと呪うよ!!」
「……さっきから何してるんや?」

カゲロウが全力でヒノエの侵入を阻んでいると、会話を聞いていたゆらが呆れたように声を掛けてきた。

「陰陽師殿!」
「……あんた等彩乃先輩の式やろ?どうしてここにおるん?先輩は?」
「彩乃様は清継殿達が外へ探索に出てしまったので、後を追っています。ワタクシは陰陽師……花開院ゆら殿達をお守りするようにと言われまして……」
「守る?……やっぱり、ここにおるんやな?」

ゆらは昼間から何となく感じていた妖気に近くに妖怪がいるような気がしていたが、自分の感知能力にイマイチ自信がなかったゆらは、祓い屋(と思っている)の彩乃がカゲロウ達を護衛に寄越してまで周囲の警戒をしている事から、やはり間違っていなかったと確信した。

「昼間から感じとった妖気は、あんた等二人のものじゃなかったんやな……」
「私等の妖気で周りの妖気に気付けなかったんだね。」
「うっ……先輩は気付いとったん?」

自分の未熟さをヒノエに指摘され、ゆらは言葉に詰まる。
彩乃はとっくに気付いていたのだろうかと気になったゆらはヒノエに尋ねた。

「いや?あの子は……「キャアアアアアア!!!」
「「「!!??」」」

ヒノエが口を開いた瞬間、女湯から悲鳴が上がり、ゆら達はハッとして慌てて駆け出した。

「どないしたんや!?」
「……こいつは……!」

ゆらとヒノエ達が風呂場に駆け付けると、そこでは馬頭丸が四体の大鬼を連れて巻達を襲っていた。

「うわわ……よう……かいーー!?」
「ひいいい!!」
「禄存!!」

大鬼達は砲口を上げて巻達を襲おうと近づいてくる。
瞬間、ゆらの凛とした声が湯殿に響き渡る。
ゆらが札を構えて名を呼ぶと、大きな鹿の式神が現れた。
禄存はその頑丈な角で大鬼に突きを繰り出すと、鬼の一体が勢いよくぶっ飛んだ。

「……入浴中の陰陽師を襲うなんて……ええ度胸やないの!!」

二体目の式神の札「貪狼」を構えたゆらは、背に巻と鳥居を庇うようにして馬頭丸を見据えるのだった。

「くっそ〜、女陰陽師は後回しだ!そこの二人を先にやっちまえ!!ただの女だぞ!!行け!!」
「た……助けてぇぇ〜ゆらちゃん〜!!私等のこと言ってる〜!!」
「……何とか……食い止める!!」

岩陰に隠れながら助けを求める鳥居達に、ゆらは苦しい状況ながら必死に食い止めていた。

「そーいえば……セキュリティがどーとかって……」
「そーよ……清継君が言ってた!!」
「「建物の中へ!!」」
「あっ」

清継が言っていた妖怪対策のセキュリティの事を思い出した巻達は、急いで脱衣場に戻ってきた。
そして柱に取り付けられていた赤いスイッチを押すと、シャッターがゆっくりと下りてきた。

〈侵入者〜侵入者〜!〉
ウーウー
「「……」」
「ギャオオオ!!」
「ギャアアア!!何よこれぇぇ!!全然役に立たねぇぇ!!」

清継の言っていたセキュリティとは、スピーカーからただ侵入者の警告を呼び掛けるだけのまるで役に立たないものだった。
案の定、ゆらが食い止めきれなかった鬼の一体がシャッターを破壊し、脱衣場に入ってくる。

「清継君のアホー!!」
「わひーっ!!全裸で死ぬとかイヤすぎるぅぅ〜!!」
「……まったく、しょうがないねぇ〜」

悲鳴を上げて慌てふためく鳥居達と今にも二人を襲おうとする大鬼。
そんな緊張感の張り詰めた危険な場所に似つかわしくないのんびりとした声が響く。

「呪術・縛り身」
「ガァ!?」

ヒノエが小さく呟くと、鬼の動きが不意に止まる。
呪術によって金縛りにあった体はどう抵抗しても身動き一つ出来なかった。
そこにカゲロウがすかさず錫杖で鬼の体を貫く。

ザシュッ!
「ガァア!!」
「女性の入浴を邪魔するとは……同じ男して許せません!!」
「女の敵は倒す……陰陽師娘。彩乃の頼みだ。今回だけ手を貸してあげるよ」
「あんた等……!」

カゲロウによって体を貫かれた鬼は倒れ、思わぬ参戦にゆらは驚いたようにヒノエとカゲロウを見つめた。

「……先輩の式達……助かるわ!!」
「わああ〜!!また何か増えたぁ〜!!」
「お黙り小娘共。今はあんた等にも姿が見えるようにしているだけで、私等は敵じゃないよ」
「ワタクシ達は彩乃様の命で貴女方をお守りしています。どうぞご安心を!!」
「えっ!?せ……先輩の!?」

唖然とする巻と鳥居だったが、カゲロウは二人を安心させるように微笑む。
味方だと解った二人は、漸く騒ぐのを止めたのだった。

「……さて小僧。おいたが過ぎたねぇ、きついお灸を据えてやるよ。」

ヒノエは事情を知らぬ者から見たら、どちらが襲っているかわからないくらいの悪どい笑みを浮かべるのだった。

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