第55話「牛鬼の真意」

「――あれ?夏目先輩?」
「……あっ……家長さん?」

氷麗をおぶって階段を降りていると、カナと出会った彩乃。
お風呂に入っている筈のカナが何故外にいるのかと疑問が浮かび、彩乃はとりあえず彼女に話しかける事にした。

「どうして家長さんがここに?」
「わ、私は先輩達がいなかったから……その……せ、先輩こそどうして外に出たんですか?それに、及川さんは……」

そう言いながら彩乃の背中で眠る氷麗に目をやるカナ。
それに彩乃はどう説明するか迷った。
妖怪に襲われたと正直に言ってよいのだろうか……

「……ちょっと清継君たちが外で探索するって言うからついて行ったの。そしたらはぐれちゃって……及川さんは疲れて眠っちゃったみたいで……」
「そうなんですか?」
「……うん。(ごめん、家長さん……)」

彩乃は嘘をついて申し訳なく思うが、下手に話して怖い思いをさせる必要もないだろうと思った。

「……あの、リクオ君は?」
「奴良君?」
「……これ、落ちてたんです。」

どこか不安そうにカナが差し出してきたのはリクオの眼鏡だった。
恐らく牛頭丸との戦いで落としてしまったのだろう。

「……リクオ君、眼鏡を落としていくなんて、何かあったのかな……」
「それは……」

彩乃はリクオが牛鬼と決着をつけてくると言って去って行った後ろ姿を思い出して、決断した。

「……家長さん、私、奴良君を探してくるから、及川さんとせん……うちの猫をお願い!」
「えっ!?ちょっ、先輩!?」

彩乃はカナの返事を待たずに氷麗を階段に座らせると、横に寝かせた。
ついでにニャンコ先生をカナの用心棒として側に置いておく為に、抱き上げた先生をカナに押し付ける。

「にゃ!にゃにゃー!!(おい!馬鹿彩乃!私を置いていってどうする!!)」
「先生!二人をお願いね!!」

彩乃は踵を返すと、再び階段を駆け上がっていく。
それをカナは呆然と見送るのだった。

*****

――嫌な予感がする。
自分が側に居ても足手まといになるだけだし、駆け付けたところできっと自分には何も出来ないだろう。
だけど、妙な胸騒ぎがしてしょうがなかった。

(それに……もしかしたら……)

彩乃は一度足を止めて鞄に触れる。
持ってきた鞄の中には友人帳が入っている。

『あいつは、牛鬼様の誇りを傷つけやがったんだからな!』

あの時の牛頭丸の言葉……何かが引っ掛かる。

(妖の誇り……まさか!?)

彩乃はある考えに辿り着き、慌てて友人帳を鞄から取り出した。
――友人帳の名の検索の仕方は解っている。
相手の姿と名前さえわかっていれば、その相手の姿を思い描きながらページをめくるだけでいい。

パラパラパラ……ピタ……
「!」

彩乃が友人帳のページをめくると、その中の一枚が不自然にめくれ上がった状態で動きを止める。

「……あった」

――『梅若丸』
彩乃がまさかと思い探した名。
それは牛鬼の名だった。
妖は名を奪われる事を誇りを傷つけられたと感じる者が多い。
だから、自分達が尊敬する牛鬼の名を奪ったレイコの血族である自分へ、あんなにも憎悪に満ちた眼差しを向けてきたのだ。
牛頭丸との会話が、友人帳と牛鬼を結び付けてくれた。

「……」

彩乃は牛鬼の名の書かれた紙にそっと触れた。
すると、まるで自分の身に起きたかの様な鮮明な記憶が流れてきた。

――牛鬼がまだ、梅若丸と呼ばれる人間だった頃。
彼は京の公家の家系で生まれ、僅か五歳で父と死別した。
七歳で比叡山のある寺に修行に入るも、彼の優れたる才が同僚達の妬みを買ってしまい、幾度となく石つぶてを投げられるようになる。
絶えることのない妬みの行いによって、梅若丸の心は傷つき、彼は自分を無情で愛してくれた母を求めて十二で寺を抜け出す。
しかし、京へと目指す道の途中、女の姿をした妖に言葉巧みに捩眼山へと導かれ、そこで襲われた牛鬼という妖怪に母が殺されたと知る。
ふつふつと沸き上がる憎悪は、梅若丸を人間として留めておかなかった。
彼の精神は霊障にあてられ、鬼の姿へと変わった。
魔道に堕ちた少年は妖怪、牛鬼として母の骸を抱えながら産まれたのだ。
梅若丸はやがて人間を襲うようになる。
菩提を弔うために死体を積み上げた。
山に住まう妖怪共を引き連れ、人里を襲い、いつしか彼自身が牛鬼と呼ばれるようになった。
牛鬼が母の愛を忘れてしまうぐらいの長い年月を生き、ある日、彼等は突然やって来て、牛鬼に堂々とぶつかってきた。
その妖怪達は、奴良組と呼ばれる百鬼夜行だった。
抗争は三日三晩続き、地力で勝る奴良組が結果的に上回った。
そして敗北した牛鬼は、ぬらりひょんと盃を交わした。
ぬらりひょんには、力でも器の大きさでも敵わなかった。
五歳で死別した父。七歳で生き別れた母。
記憶はほぼ――ない。
だからあの時、盃を交わした時に言われた言葉がひどく心に残っている。

『俺がお前の親になってやるよ――梅若丸』

親とはこのような存在なのだろうか。
私の家は……あの時から……この、奴良組となったのだ。
だから私は動かなければならない。
私の愛した奴良組を……守ためにも。
例えこれから私がすることが、あの方の……総大将を裏切ることになったとしても……
奴良組の未来を、あんな腑抜けに任せるくらいなら!
もしもリクオが本当に腑抜けであったその時は……私がリクオを倒し、そして……私も……死のう。

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