第56話「逆臣・牛鬼」
「はあはあ……」
牛鬼の過去と彼の本当の目的を知った彩乃は、牛鬼を止める為に彼等の元へ向かっていた。
必死に階段を駆け上がっているせいで、先程から呼吸か荒く、苦しい。
それでも、彩乃は足を止めなかった。
「急がなきゃ……早く……じゃないと……!」
誰も死なせたくない。
綺麗事かもしれないけど、それでも、誰かが死ぬのは嫌だ。
牛鬼がどれ程奴良組を大切にしてきたのか、どれ程組を想っているのか、痛いほど伝わってきた。
彼の並々ならぬ覚悟は簡単には折れないだろう。
それだけの覚悟を持って彼は誰よりも敬愛するぬらりひょんの実孫を試そうしているのだ。
だけど、それでも……
「……死ぬなんて間違ってるよ!」
(どうか間に合って……)
彩乃は疲れきった足を緩めることなく必死に動かし続けた。
*****
「――この地にいるからこそわかるぞリクオ……内からも……外からも……いずれこの組は壊れる。早急に立て直さねば……ならない。」
黒羽丸とトサカ丸がリクオ達の元に駆け付けた時には、全てに決着がついていた。
リクオも牛鬼も傷だらけで、跪きながらも牛鬼に斬られた胸の傷口を押さえながら荒く呼吸するリクオ。
そして……リクオに敗れ、力なく横たわる牛鬼がそこにはいた。
牛鬼はリクオに語る。
奴良組が今、どれ程危機的状況にあるかを……
「……だから私は動いたのだ。私の愛した奴良組を……潰す輩が許せんのだ。それが例え、リクオ……お前でもな……」
「逆臣・牛鬼!」
「リクオ様に……この本家に直接刃を向けやがった!!」
黒羽丸とトサカ丸が裏切り者である牛鬼を捕らえようとするが、リクオがそれを手で静かに制する。
「……当然だとは思わんか。奴良組の未来を託せぬうつけが継ごうというのだ。しかしお前には……器も意志もあった。私が思い描いた通りだった……もはや、これ以上考える必要がなくなった。」
どこか満足したようにそう呟くと、牛鬼はゆっくりと起き上がる。
それに黒羽丸達は慌てる。
何故なら、牛鬼は彼に背を向けて跪くリクオに刀を向けていたからだ。
「これが私の……結論だ!!」
「牛鬼、貴様ぁああーー!!」
「『梅若丸』止まれ!!」
牛鬼はリクオにではなく、自分に向けて刀を突き立てようとした。
その瞬間、屋敷の中にここにいる筈のない少女の凛とした声が響き渡る。
「……ぐっ!」
「……彩乃!?」
牛鬼はまるで金縛りにあったかの様にぴたりと動きを止め、体が麻痺したように力なく跪いた。
そしてリクオや黒羽丸達は、驚いたように声のした方を見る。
そこには、友人帳を高々と掲げ、ぜえぜえと荒い呼吸をしながらこちらを必死の形相で見つめている彩乃がいた。
「お前……何で此処に……「死ぬなんて駄目だよ牛鬼!!」
「「!?」」
いる筈のない彩乃の登場に驚くリクオの言葉を遮って、彩乃は叫ぶ。
「死んで全ての責任を負ったって、それは償いになんかならないよ!!」
「……貴様に何がわかる……レイコの孫よ。」
彩乃を憎々しげに見据えてくる牛鬼に、彩乃は悲しげに彼を見つめ返す。
「……あなたの想いを全ては理解してあげられない。だけど……牛鬼が奴良組の為にどれだけ真剣に悩んで、どんな想いでこんな事をしたのかは知ってるよ。」
「……何?」
「……牛鬼よぉ。おめーの気持ちは痛ぇ程わかったぜ。」
彩乃の言葉に目を見開いて驚く牛鬼に、リクオは言う。
「俺が腑抜けだと俺を殺して、てめぇも死に、認めたら認めたでそれでも死を選ぶたぁ……らしい心意気だぜ……牛鬼。」
「……」
「だが、死ぬこたぁねぇよ。こんなことで……なぁ?」
「!?」
リクオの思わぬ言葉に牛鬼や黒羽丸達はぎょっと目を大きく見開いて驚く。
「若!?こんなことって……!?」
「これは大問題ですぞ!!」
「ここでのこと、お前らが言わなきゃ済む話だろ。」
「若ぁ〜……」
しれっととんでもないことを言うリクオに、黒羽丸とトサカ丸は困り果てたように情けない声を上げる。
そんな三人のやり取りを横目で見つめながら、彩乃は牛鬼に静かに近づく。
「……」
「……牛鬼……私の言葉なんかじゃ、あなたを止めることは出来ないかもしれない。けど……私は……あなたに死んで欲しくないの。」
「!?」
彩乃の言葉が余程以外だったのか、牛鬼は少し驚いたような表情を浮かべる。
そんな彼に彩乃は悲しげな表情を浮かべて言葉を続けた。
「あなたが奴良組を……自分のかけがえのないものを守りたいように、あなたを必要とする人はいるよ。……たがら、死のうとしないで……」
「……お前は……」
「……牛鬼、あなたに名を返します。」
「!?」
そう言うと彩乃は微かに微笑んで、友人帳から一枚の紙を切り離した。
突然の彩乃の行動に牛鬼は戸惑ったように彩乃を見つめる。
「……『梅若丸』名を返そう。受け取って……」
「……レイコ……」
彩乃が牛鬼に名を返した瞬間、牛鬼の目に映ったのは、彩乃を通して見えたレイコの姿だった。