第60話「夏目とリクオ運命の出会い」

その出会いは今から8年前に遡る。
彩乃は当時6歳で、その頃には既に自分を育ててくれた父が亡くなり、綾乃は親戚の家をたらい回しにされていた。
妖怪が見えるせいで人に気味悪がられ、嘘つき呼ばわりされて、彩乃はいつも孤独だった。
妖怪が大嫌いだった彩乃は、ある日いつものように妖怪に追い掛けられ、逃げ惑っていた。

「まぁ〜てぇ〜〜!!」
「うわぁぁ!!やだやだ!!来ないでよぉぉーー!!」

草むらを掻き分けて必死に逃げ回る彩乃。
しかし、小さなその体では思うように早く走る事が出来なかった。

「つ〜かまぁ〜えたぁ〜!」
「わぁぁ!!離せっ!!怖いっ!!」

一反木綿の様なぺらぺらとした薄い体の妖に追い掛けられ、体に巻き付かれて捕らえられてしまった。
逃げようとがむしゃらに体をばたつかせて抵抗する彩乃を嘲笑うかの様に、妖はケラケラと笑う。

「た〜べちゃ〜うぞぉ〜!!」
「うわぁぁ!!」
ばきっ!
「ぐえっ!!」

大きな口を開けて彩乃に迫る妖に、彩乃は渾身の力を込めて顔面に拳を叩き込んだ。
たかが6歳児のパンチなどと侮ることなかれ、彩乃の拳は妖にめり込み、そのショックで彼女に巻き付いていた妖の拘束が解かれ、その隙に彩乃は一目散に逃げ出したのだった。

「はっ、はっ……ごほごほっ!」

脇目も降らずに近くにある神社に逃げてきた彩乃。
走り回ったせいで呼吸は乱れ、とても苦しそうに噎せていた。

「……はっ、はっ……ここ……まで……くれば……」

彩乃が逃げてきたのはとても小さな神社だった。
参拝者など滅多に来ないような、寂れた小さな神社。
だが、彩乃にとってはそれが逆に都合が良かった。
妖も嫌いだが、人も苦手だ。
前にも同じように神社に逃げて来た時、偶々人に会ってしまい、恐怖から思わず助けを求めてしまった事があった。
その時、自分は酷く混乱していて、兎に角誰かに助けて欲しくて、取り乱す自分が奇妙な目で見られていることも気付かずに「お化けが追いかけてくるの、助けて」と泣き叫んでしまった。
自分には見えていても、その人には見えていない。
だから、お化けに追い掛けられていると言っても、理解などされる筈がなかった。
その人は近所に住むおばさんで、泣きじゃくる彩乃をとても困った様に見つめるだけで、彩乃の言葉など信じるわけがなかった。
その後は居候先の親戚にその奇妙な行動が伝わってしまい、彩乃のせいで近所から奇妙な目で見られたり、噂をされるようになった。
暫くすると、その親戚の人達は彩乃を預かることに耐えられなくなり、また別の親戚に預けられた。
自分の見ている世界など、誰にも理解しては貰えないのだ。

「……はあ、暫くここにいよう。」

あの妖怪が諦めて何処か遠くに行くまでは帰れない。
彩乃は神社の賽銭箱がある階段に腰掛けると、ランドセルを横に置いて膝を抱えて小さく丸まった。
何故かはわからないが、いつも自分を追いかけ回すあのお化け達は神社には入って来れないのだ。
だから、ここにいれば安全なのだ。
とても幼い頃から妖怪に追いかけられ、逃げ続け、経験から得た彩乃の自分の身を守る唯一の方法だった。

「……また、帰りが遅くなっちゃうな……おばさん……また怒るかな……」

今、彩乃がお世話になっている家の人は、彩乃が遅く帰ってくるととても怒る。
言い訳をすると、手を出してくる。
それがとても怖くて、彩乃は憂鬱な気持ちになった。

「……っ、何でいつもこんな目に……お父さん……」

彩乃は今まで我慢していた気持ちが溢れてきて、泣き出してしまう。
彼女の父は二年前に他界してしまい、彩乃はもううっすらとしか思い出せない父に助けを求めるように名を呟いた。

ガサッ
「っ!」

草が揺れる音がして弾かれるように顔を上げると、そこにいたのは……

*****

リクオ視点

「お父さん!お母さん!こっちこっちー!」
「リクオは元気ね〜」
「ガキってのはみんな無邪気なもんだぜ。若菜。」

その日、リクオは若菜や鯉伴と共にある街に来ていた。

「あはは、なんだこいつ、首がながーい!」
「ぎゃああっ!首が!首を引っ張らないでぇ〜!!」
「おいおいリクオ、程々にな?」
「はーい!」

森で見つけたろくろ首の首を無邪気に引っ張るリクオ。
それを鯉伴は楽しそうに見守る。

「お父さん、お母さん!ここ、本家の奴等とは違う妖怪がいっぱいいて面白いね!僕ちょっと探検してきてもいい?」
「おういいぞ!」
「あんまり遠くには行っちゃ駄目よ」
「はーい!」

沢山の本家とは違う妖怪がいることが面白くて、リクオは森の中を一人で探索に行ってしまう。

「あっ!おいお前!その尻尾面白いな、触らせてよ!」
「ひいい、すみません若!それだけわぁ!!」
「待て待てー!!」

森の中を探索していると、本家にはいない種類の妖怪が沢山いた。
リクオは逃げ惑う小妖怪を追いかけ回しているうちに、小さな神社に辿り着く。

「……ぐすっ……お父さん……っ……」
「……何で泣いてるの?」

神社の中に入ると、独りぼっちで泣いている女の子がいて、リクオは気になって声を掛けてしまう。
すると女の子は弾かれた様に顔を上げた。
艶やかな茶髪色の長い髪を垂らし、とても悲しそうな目をした女の子だった。
その女の子と目が合った瞬間、リクオは一目惚れをしたのだった。
それが後に再会することになる、彩乃とリクオの最初の出会いであった。

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