第61話「リクオの初恋」

「……あなた、誰?」
「……えっと……」

突然現れたリクオを警戒して睨み付ける彩乃。
一方リクオは何だか急に胸がドキドキして、顔が熱くなって、よくわからない初めての状況にしどろもどろになっていた。

「えっと……君、何で泣いてるの?」
「……あなたには関係ない。」
「そ……そんな言い方ないだろ!」
「……あなた、お化けじゃないの?」
「……え?」

突然お化けなのかと問われ、目を丸くするリクオ。
しかし綾乃はリクオが妖怪ではないかと疑って警戒を解かない。
少しでも近づこうものなら、すぐにでも逃げ出すつもりだ。

「僕は……将来はおじいちゃんやお父さんみたいなすっごい妖怪になるんだ!」
「……ヨウカイ?」
「……妖怪を知らないの?」

リクオの言葉を彩乃はオウム返しに呟く。
「妖怪」という初めて聞いた単語の意味がわからずに、不思議そうに首を傾げる彩乃に、リクオは驚く。
リクオにとって妖怪は常に側にいる家族のような存在だが、彩乃は常日頃追いかけ回されているあのお化け達が妖怪や妖と呼ばれる存在であるとまだ知らなかった。

「うーん……ちょっと来て!」
「!、やっ!ちょっと!!」

リクオは彩乃が妖怪を見た事がないのだと勘違いし、見せてあげようと思った。
彩乃の腕を掴んで神社の外へと走り出す。
彩乃は突然のリクオの行動に驚いて、手を振り払うのも忘れて引かれるままについていってしまう。
しかし、リクオが神社の外へ出ようとしてるのに気付き、慌てて足を踏ん張って抵抗した。

「やだ!神社の外には出たくない!!」
「え?何で?神社の外に出ないと小妖怪は入って来れないんだよ?」
「放して!外に出たらお化けがいるもん!!」
「……お化け?大丈夫だよ。あいつ等いい奴だよ!」
「やだ!お化けなんて大っ嫌い!!」
「ええっ!?何で!?」

尋常でないくらいに怯えているのに、それでも外へ連れて行こうとするリクオに、彩乃はお化けは嫌いだと叫ぶ。
その言葉ににショックを受けるリクオ。

「妖怪はいい奴だよ!」
「嘘つきっ!!」

妖怪はいい奴だと言うリクオに、咄嗟に嘘つきと言ってしまう彩乃。
その言葉に固まるリクオの表情を見て、彩乃は自分が酷いことを言ったのだと気付いて慌てて謝る。

「ご……ごめんなさい!」
「……ねぇ、君はどうしてそんなに妖怪が嫌いなの?」
「……ヨウカイって、あの変なお化けのこと?だって、怖いもん!!」
「怖くないよ!僕が一緒なら!」
「……でも……」

尚も怯える彩乃に、リクオは安心させるように微笑む。
そして繋いだままの彩乃の手を引っ張って、二人は神社の鳥居を通り抜ける。
彩乃は逃げ出したい衝動に駆られながらも、手を引いてくれるリクオの手が振りほどけなかった。
渋々だが階段を下りていると、彩乃の匂いを嗅ぎ付けたのか妖怪が集まってきた。

「み〜つけたぁ〜!」
「ひっ!」
「大丈夫だよ。」

階段の横にある茂みから突然大きな鬼が現れ、彩乃は恐怖からリクオの背に隠れてしまう。
するとリクオは彩乃を安心させるように笑った。

「……でも……」
「大丈夫!おい、お前!この子が怯えてるから、あんまり脅かすな!」
「なんだぁこの小僧……って、あなたは奴良組の若様ぁ!?」

鬼はリクオの顔を知っていたようで、リクオが奴良組の若様だと理解するやいなや慌てて鬼は変化を解く。
ぽんっと小さな煙が上がると、大きな鬼は分裂し、小さな小鬼がわらわらと沢山現れた。
どうやら、彩乃を驚かせるために小鬼たちが群がって一人の大きな鬼に化けていたようだ。

「……ちっちゃい……」
「ね?こんな小さい奴等なら怖くないでしょ?」
「でも……」

まだ怯える彩乃に、小鬼の一人がそっと近づく。
それに彩乃は慌てて後退りする。

「悪かったなお嬢ちゃん。オイラ達、視える人間なんて久し振りだったから、どうしても話してみたかったんだ。」
「――え?」
「だけどあまりにも怖がるもんだから、調子に乗って驚かしちゃって、ごめんな?」
「……ううん。」
「ね?こいつ等悪い奴等じゃないでしょ?」
「……うん。」

皆、彩乃と遊びたかっただけだとわかって、彩乃は漸く警戒心を解いた。

「……君、すごいね!あんなに大きなお化けにも怖がらずに立ち向かえるなんてすごいよ!!」
「え?そうかな?」
「うん!」

凄い凄いとリクオを褒める彩乃に、リクオは照れたように後ろ頭を掻いた。

「おーい、リクオー!」
「そろそろ帰るわよ〜!」

そんな時、鯉伴と若菜がリクオを呼ぶ声が近くで聞こえた。
自分を探しに来た両親に気付いて、リクオは嬉しそうに顔を輝かせた。

「お父さんとお母さんだ!」
「……」
「リクオ〜、どこだ〜?」
「こっちだよ〜!おーい!」

リクオはその時、彩乃の手を放して両親の声が聞こえる方角に向かって叫んだ。

「おー!リクオ、そんな所にいたのか!」
「うん!あのね、友達が出来たんだ!」
「あらそうなの?どんな子?」
「うん、この子が……あれ?」

リクオが振り返ると、そこには誰もいなかった。
リクオが鯉伴たちに気を取られている間に、彩乃はいつの間にか帰ってしまったようだ。

「……あれ?さっきまで一緒にいたのに……」
「なんだリクオ、狐につままれたみてぇな顔して。妖怪にでも化かされたか?」
「……うーん?」
「ふふ、後でその子の話聞かせてね、リクオ。」
「うん!」

両親と手を繋いで仲良く神社を去っていくリクオ達の姿を、彩乃は茂みからこっそりと覗いていた。

「……」

幸せそうな家族の様子を目の当たりにして、彩乃はどこか寂しそうにしょんぼりと肩を落とすと、静かに神社を後にした。
こうしてリクオと彩乃はお互いの名前も知らずに別れてしまったのだった。

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