第62話「アルバム」

「――という感じで、最後は初恋の男の子が幼馴染みの男の子だとヒロインが思い出して、ハッピーエンドになるんです!」
「へぇ、そんなに感動したんだ?」
「はい!もう皆さんその話題で盛り上がりまして!」

にこにこと笑顔で楽しそうに昨日の映画の出来事を話す氷麗。
リクオは氷麗の話を聞きながら良かったねと笑うのだった。

「そう言えば、リクオの初恋は五歳の時よね?」
「な、突然何言い出すんだよお母さん!!」
「それって、リクオ様が鯉伴様や若菜様とご旅行の帰りに寄られた街で出会ったという女の子の話ですか?」
「なっ!何で氷麗がその話を知ってるのさ!」
「何でと言われましても……昔、リクオ様が私共に何度も語って聞かせてくださいましたから……」
「うわあああ!!何喋ってんの僕っっ!!」

慌てるリクオだが、実はその頃の事はうっすらとしか覚えていなかった。
もう顔も思い出せない女の子だが、リクオにとって、今も忘れる事の出来ない大切な思い出になっていた。

ピンポーン
「あら、誰か来たみたいね」
「あ、だったら僕が出るよ!」

リクオが玄関まで向かうと、門の所には彩乃が来ていた。

「あれ?夏目先輩!」
「あ、奴良君、こんにちは!」
「もしかして、また名を返しに来てくれたんですか?」
「うん、学校帰りにちょっと寄らせてもらって……」
(……あれ?)

そう言って微笑む彩乃に、リクオは一瞬だけ昔出会ったあの女の子の顔がちらついた。
しかしそれはほんの一瞬で、リクオは気のせいだったかと考え直した。

「あ、彩乃さん!」
「こんにちは、氷麗ちゃん。昨日振りだね!」

ひょっこりと門から顔を出す氷麗に、彩乃はにこやかに挨拶する。
氷麗も嬉しそうに彩乃を出迎えてくれて、彼女は奴良家に足を踏み入れたのだった。

「あら彩乃ちゃん久し振りね!」
「こんにちは、若菜さん。お邪魔してます。」

中に通されると広間に若菜がいて、若菜が親しげに挨拶をしてくるので、彩乃もぺこりと頭を下げた。

「そうそう、今ね、リクオの小さい頃の話をしてたのよ!」
「ちょっ!お母さん!?」
「……奴良君の小さい頃ですか?」
「そうなんです。あ、何でしたらリクオ様の小さい頃のアルバム見ます?今持って来ますね!」
「ちょっと氷麗ーー!!」

ウキウキと部屋を後にする氷麗に、リクオの叫びは届かなかった。

「……えっと……もしかして私、来るタイミング悪かったかな?」
「い、いえ……」

困ったように苦笑する彩乃に、リクオは疲れたように肩を落とすのだった。

「今日は誰から名を返せばいいかな?先週は納豆小僧達のを返したけど……ごめんね。一日三人くらいが限界だから、すぐに全員の名を返せなくて……」
「いいんですよ!また先輩が倒れでもしたら大変ですし!」
「あはは、牛鬼の時はお世話になりました。」

彩乃が申し訳なさそうに苦笑すると、すごい勢いで氷麗が戻ってきた。

「ありましたーー!!」
「わっ!氷麗!?戻ってくるの早いよ!」
「見て下さい彩乃さん!」
「え?ああ、うん、ありがとう?」

何故か大量のアルバムを抱えて戻ってきた氷麗に、彩乃は困ったように笑うのだった。

「見て下さい若菜様!このリクオ様、とっても可愛いですよ〜!」
「あらあら、リクオが幼稚園の頃ね。懐かしいわぁ〜!」
「本当に可愛いですね、奴良君!」
「……(恥ずかしい!もう止めて!!)」

楽しそうにアルバムを広げる氷麗と、それを懐かしそうに眺める若菜。
彩乃にあれこれ幼い自分の写真を見られて、リクオは恥ずかしそうに悶えていた。

「……なんか、いいですね。こういう家族写真……」
「彩乃さんのアルバムも今度見せてくれませんか?」
「……え?」

彩乃がどこか羨ましそうにリクオが両親と写っている写真を眺めるながら呟くと、氷麗が笑顔でそう言った。
何気なく言われた氷麗の一言に、彩乃は固まる。

「……ごめんね、私……アルバム一冊も持ってないの。」
「ええっ!?一冊も!?」
「……うん。」

驚く氷麗やリクオ、若菜の反応に、やっぱり驚くよねとどこか困ったように眉尻を下げた。

「……私ね、小さい頃から転校続きで、あんまり写真とか撮る機会がなかったの。だからアルバムに入れる程写真持ってなくて、昔の写真は数枚程度しかないんだ。」
「あら……そうなの?」
「ええ、そうなんです。」
「「……」」

笑顔で若菜と話す彩乃は、どこか作られた笑顔に感じた。
前にタマの件でもこんな笑顔を見たことがあるリクオはすぐに彩乃が無理をして笑っていると気付いてしまった。
彩乃は転校続きで写真が撮れなかったと言っていたが、リクオと氷麗は島から彩乃の家庭事情をある程度聞いてしまった為、もしかしたらそのせいなのではないかと考えてしまった。

「……なんだい彩乃、子供に戻りたいのかい?」
「わあっ!!ひ、ヒノエ!?」
「何を騒いどるんだ阿呆め」
「ニャンコ先生まで!?」

彩乃がリクオ達と話していると、背後から突然ヒノエに話し掛けられ、彩乃はびっくりして思いっきり後ずさった。

「な……何で二人がここに居るの!?」
「私はぬらりひょんに酒を集りに来た。」
「同じく。」
「……ニャンコ先生……ヒノエまで……」

呆れてものも言えないとはこの事である。
彩乃は深くため息をつくとリクオに謝った。

「……ごめんね、奴良君。家の馬鹿猫とその友人が……」
「え?……いえ、先輩は気にしないで下さい。(……後でおじいちゃんにお酒控えるように言おう。)」
「……んで、さっきの話だが、彩乃は子供になりたいのかい?」
「え?いや、そう言う訳じゃ……」
「だったらいい薬があるよ。ほれ!」
「んぐっ!」

そう言ってヒノエは懐から小さな黒い瓶を取り出すと、突然彩乃の口にそれを押し込んだ。

ごっくん
「……あ……飲んじゃった……」
「阿呆ーーっ!!何得体の知れん物飲んどるんだー!!」
「ちょっ!ヒノエ、何飲ませたの!?」
「何って……若返りの薬だよ」
「なっ!?」

あっけらかんと言うヒノエに絶句していると、突然彩乃の体に異変が起こった。

ドクンッ
「……うっ!」
「彩乃!?」
「夏目先輩!?」

突然胸を押さえて苦しみ出した彩乃。
すると、見る見るうちに彩乃の体が縮んでいく。
そして……

「はれ〜?」
「「「……」」」

そこにいたのは、見た目五歳くらいの小さな女の子だった。

「なっ……」
「「ええーーっっ!?」」
「おや、効果ありだね。」

リクオ達の目の前にいる幼女は、紛れもなく彩乃だった。
ヒノエのせいで起こったこの状況に、ニャンコ先生は一人深いため息をつくのだった。

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