第64話「リクオ、懐かれる」

「……本当にガキになっちまったんだな……」
「鴆君、何とか先輩を戻せる?」

スヤスヤと静かに眠る彩乃を見ながら、鴆は首を横に振る。

「わりぃなリクオ。病気や怪我なら何とかなるが、若返りの薬ってのは呪術の一種の秘薬なんだ。俺は呪術は専門外だからな……どうにも出来ねぇわ……ま、体調に変化もねぇみてぇだし、体に影響はねぇだろ。」
「……そっか、ありがとう鴆君。」
「彩乃さん、このまま三日間待つしかないんですね……」
「……仕方ないね。元に戻るまでうちで預かろう。」

リクオはため息をつくと、ニャンコ先生の方を見た。
先程からずっと彩乃の側で酒を飲みまくっている猫に内心呆れながらも、こればかりは彼にしか頼めなかった。

「……斑、確か君は変化が出来るんだよね?だったら夏目先輩にも変化出来る?」
「……ふん、私に彩乃の身代わりをやれと言いたいのだろう?お断りだ!」
「……おじいちゃん秘蔵の妖殺し譲ってもいいけど?」
「………三日間だけだぞ。」

リクオは以前彩乃から、ニャンコ先生は酒と食べ物で簡単に釣れると聞いていたので、容易く丸め込む事に成功した。

*****

「……ん……」
「あ、起きた?」
「!」

ニャンコ先生が帰って暫くしてから目を覚ました彩乃は、目を開けると視界に突然リクオの顔が飛び込んできたので驚いて飛び起きてしまった。

「ああ、ごめんね、驚いたよね?……えっと……彩乃……ちゃん?」
「……私……今度はこの家に住むの?」
「(今度は?)うん、暫く僕等と一緒に暮らしてくれる?大丈夫だよ!あいつ等、見た目は怖いけどいい奴等だから……」
「……」
「……(う……き、気まずい……)」

黙り込んでしまった彩乃との間に流れる空気が気まずいリクオは、どうしたものかと視線をさ迷わせた。
すると、リクオの視界に少し開いた戸の隙間から、見慣れた狐耳がちらついた。

「……子狐?」
びくぅ

リクオに声を掛けられてびくりと肩を跳ね上げる小さな子狐。
それは以前彩乃が奴良組に連れてきた子狐だった。
今ではすっかり奴良組の一員になった子狐だが、大好きな彩乃が気になって様子を見に来たようだ。

「どうかしたのか?子狐?」
「あわわ、若様!ご、ごめんなさい……あの……ナツメは?」
「夏目先輩なら……」

リクオが視線を部屋の中に戻すと、彩乃はリクオの着物の裾を掴んで背中に隠れてしまう。
警戒するように子狐を見据える彩乃に、子狐はオロオロとどこか落ち着きない感じで目を逸らした。

「……耳……」
「あ……あの……ナツメ……これ……」
「?」

子狐は彩乃に小さな花束を押し付けるように渡すと、照れたように戸の裏に隠れてしまう。
どうやら、わざわざ彩乃の為に花を摘んできてくれたようだ。

「……これ……くれるの?」
「う、うん!ナツメ……元気なかったから……」
「……ありがとう。」
「う、うん!」

ぎこちなくだが嬉しそうに笑う彩乃を見て、子狐は照れくさそうに頬を朱色に染めた。
尻尾も嬉しそうに揺れ、何とも微笑ましい光景であった。
しかし、リクオはこんな微笑ましい光景なのに、どこかもやとやとした気持ちになっていた。
その事に、リクオはまだ気付かない。

「……お花、良かったね。」
「……うん」

子狐が去った後、リクオは彩乃に声をかけると、彩乃は嬉しそうに頷いた。
それが何だか面白くないリクオ。

「……お兄ちゃん……」
「…………ん?」

不覚にも「お兄ちゃん」と言う言葉に萌えてしまったリクオ。
だいぶ間を置いて反応すると、彩乃はほんのりと頬を赤く染めて、もじもじと照れくさそうにこう言った。

「……今日、一緒におねんねしていい?」
「…………え?」

とても可愛らしくお願いしてくる彩乃に、リクオの思考は停止するのだった。

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