第65話「守りたい」

「さあ、彩乃さん。私と寝ましょう!」
「……やっ!」
「うう〜」

リクオの背中に隠れて抵抗する彩乃に、氷麗は何とかしてリクオから彩乃を離し、一緒に寝ようとしていた。
そもそもこんな事になったのは、彩乃がリクオと寝たいと言い出したのが始まりだった。
幼女とは言え、男であるリクオと同じ布団で寝せるのは何としても阻止したい氷麗が、必死になってあの手この手で彩乃を自分に懐かせようとしていた。

「……雪女、もう諦めろ。」
「嫌よ!」
「……今の彩乃は子供なんだから、嫉妬することないだろ?」
「しっ……嫉妬なんてしてないわ!変なこと言わないでよね首無!」
「素直じゃないな。」

結局、氷麗の奮闘も虚しく、リクオから離れようとしない彩乃は、リクオと一緒に寝ることになった。

「……」
「……(ど……どうしよう……)」

いつの間にこんなに懐かれたのか…
リクオにぎゅっと抱きついて離れない彩乃に、リクオは困惑する。

(……どうしよう……何か緊張する……)

子供とは言え、彩乃と寝ることにドキマギするリクオ。

「えっと……そろそろ寝ようか?」
「……(ぶんぶん)」

首を横に振る彩乃に、リクオは眠くないのかな?と思った。
リクオは牛鬼の一件の後、夜になると妖怪に変化するようになった。
変化するとふらりと外へ出掛けているリクオ。
しかし、彩乃は妖怪に酷く怯えていた。
彼女と一緒にいる間は、変化しないよう気を付けようとリクオは思った。

「……でも、寝ないと明日起きれなくなるよ?」
「……く……ない……」
「ん?」

聞き取れないくらい小さな声で呟かれ、リクオは思わず聞き返した。

「……おねんね、したくない……」
「でも……」
「目が覚めたら……お兄ちゃん、いなくならない?」
「いなくならないよ。……どうして?」
「だって……お父さんはいなくなったもん……」
「あ……」

彩乃の言葉に察したリクオは言葉に詰まる。
それでも彩乃はぽつりぽつりと語る。

「……私のお父さん……もう帰ってこないんだって……お母さんとおんなじお空に行っちゃったんだって……おじさんが言ってたの。」
「それは……」
「新しいお家でおじさん達と暮らしてるけど……みんな私がお化けがいるって言っても誰も信じてくれないの……こんなにいっぱいいるのに……私、嘘つきじゃないもん。」
「……」

その時の事を思い出したのか、彩乃の瞳にうっすらと涙が浮かんだ。
リクオは無言で彩乃の頭を撫でると、優しくぎゅっと抱き締めた。

「……彩乃ちゃんは嘘つきじゃないよ。僕にも妖怪は見えるし、あいつ等はちゃんと存在するんだ。」
「……」
「もしも、また彩乃ちゃんを悲しませる奴がいたら、僕がやっつけてあげる。だから……安心して寝よう?僕は彩乃ちゃんの前から消えたりしないから……」
「……本当に?」
「うん。」
「……約束だよ?」
「うん、約束。」

リクオの言葉に安心したのか、彩乃はうとうととし始めた。
それにリクオは彩乃をそっと布団に寝かせると、自分も彼女に寄り添うように横になった。

(……先輩は……ずっと寂しかったのかな。)

僕が知る夏目先輩は、誰にでも優しくて、お人好しで、妖怪にすら甘い人で……人間なのに、妖怪に対してあんなに情が深い人は…夏目先輩が初めてだった。
大抵普通の人は妖怪を見れば恐怖を感じるものだ。
なのに夏目先輩は怯えながらもまっすぐに妖怪にぶつかっていく。
妖怪の恐ろしさを知っているのに、妖怪に手を差し伸べようとしたり、理解しようとしたり……本当に不思議な先輩だった。
何故人間なのにあんなにも妖怪に優しく出来るのか不思議だった。
あまりにも慈愛に満ちた人だから、きっと、両親や友人に恵まれ、多くの人に愛されてきたのだろうかと思っていた。
でも……実際は全然違っていた。
スヤスヤと安心したように眠る彩乃の寝顔を見つめながら、リクオは夏目の過去を知って、守ってあげたいと思うようになっていた。
そう思ったら、いつの間にかあんな約束をしてしまっていた。

「……彩乃……」

小さく呟いた名は、酷く胸を締め付けた。
リクオは胸のざわめきを誤魔化すように、目を閉じた。

*****

「……これは……本当に夏目なのか?」

翌日……奴良組に来ていた牛鬼は小さくなった彩乃に仰天する。

「彼は牛鬼。ほら、挨拶してごらん。」
「……はじめまして、彩乃です。」
「……あ、ああ……」

リクオに促され、礼儀正しく挨拶する彩乃に、牛鬼は小さくなった彩乃とどう接していいかわからずに戸惑う。

「……ぬらりひょんから話しは聞いていたが……本当に子供になってしまったんだな……」
「うん。だから、元に戻るまで奴良組で預かることにしたんだ。」
「それがいいだろうな。」
「……(ぎゅっ)」
「しかし、こうして見るとまるで兄妹のようだな。」
「……そうかな?」

リクオから離れない彩乃を見て、微笑ましげに見つめる牛鬼。

「夜のお前と夏目が並べば娘に見えるかもしれぬな。」
「なっ!?何言い出すのさ牛鬼!」
「……ほう?冗談で言ったのだが、存外まったくその気が無いわけではないのだな。」
「なっ!違っ……!」

只でさえ、初恋の女の子ということで彩乃を意識してしまっているのに、そんな事言われたら、どうしたらいいのかわからなくなる。

「……お兄ちゃん?」
「……っ!」

慌てるリクオに彩乃は不思議そうに首を傾げるのだった。

- 78 -
TOP