第83話「リクオと名取」

「女の子に対してもう少し発言には気を付けて下さい。」
「……君は彩乃のことが好きなんだね。」
「なっ!突然何を……!」

名取の言葉にカッと頬を赤く染めて慌てるリクオ。
それに名取は目を細めて薄く笑う。

「……妖の君と人間の彩乃とでは上手くいかないと思うよ?」
「……何が言いたいんですか?」

名取の目は笑っていなかった。
彼から微かに殺気のような嫌な気を感じて、リクオは警戒して名取を見る。
名取も笑顔を消して、リクオを忌々しいものでも見るような目で見つめてきた。

「妖なんかに想われて、彩乃が可哀想だ。」
「……あなたも、彩乃ちゃんが好きなんですか?」
「ああ、好きだよ。」

さらりと返ってきた答えに、リクオは思わず息を飲む。
それに名取は真剣な表情で話を続けた。

「……もっとも、私の場合彼女への好意は恋愛的なものではないけどね。大切な妹のような存在……私にとって彩乃は特別なんだ。大切な友人だと思ってる。そんな彩乃が妖なんかに付きまとわれているなんて不快でしかない。」
「……本音はそっちですか。」
「そうだよ?私は彩乃と違って妖が嫌いでね。式でもない妖は正直滅んでくれた方がいい。」
「……僕等の正体を知って尚、旅行に同行させてくれたのは、彩乃ちゃんに付きまとう僕に警告するためですか?」
「まあそれもあるけど、『あの』ぬらりひょんの率いる奴良組の次期若様がどんな人物か知りたかったのもあるかな。」
「……奴良組を滅ぼす気か?」
「まさか。私にそんな力は無いよ。……ただ、可愛い彩乃が間違って妖と結ばれでもしたら大変だからね。警告しておきたかったんだ。」

そう言ってリクオを見据える名取からは、本気で彩乃を大切に想う気持ちが伝わってくる。
リクオはじっと名取を見据えたまま言った。

「……仮に彼女が僕や僕以外の妖怪と結ばれたとして、彼女が不幸になるなんてどうして決めつけるんですか!」
「不幸になるさ。絶対にね。」
「だから、何で!」
「妖なんかの生きる時間も世界も違う異形の化け物と結ばれて、苦しまない訳がないだろう?」
「……っ、でも、僕の母はとても幸せそうで!」
「本当にそうだと言い切れるかな?」
「……え?」
「君が知らないだけで、君のお母様もきっと苦しんだ事がある筈だよ。妖は人を不幸にする。私も彩乃も、妖に苦しめられてきたからね。」
「……っ」

リクオは名取の言葉に言い返すことが出来なかった。
嘗て自分も、妖怪のことで人から辛いことを言われたことがあったからだ。
もしかしたら、お母さんも……彩乃ちゃんも……

黙り込んで俯いてしまったリクオを一瞥すると、名取は浴衣を着て脱衣所を後にした。
一人残されたリクオは、名取の言葉が頭から離れなかった。

人と妖怪は、本当に共に生きてはいけないのだろうか……
妖怪とは……
人とは……

リクオは悩み続けるのだった。

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