03

 この日、リディアは初めてリッカの手伝いをした。宿屋を経営しているだけあって、リッカは他人の面倒を見たがる。それに、少しばかり度が過ぎる程度に心配性だ。そんなリッカだから、リディアが手伝いを申し出ても最初は「リディアは休んでおいて」の一点張りだったが、リディアが本当に回復しきっていることを理解してもらい、浴槽の掃除と夕食後の食器洗いをリディアが行うことになった。

リッカは一人で村の宿屋を経営している。
二年前までは父親と二人だったのだが、父親が病気で亡くなってしまったのだそうだ。

対して、ニードは仕事もせずに毎日村をブラブラしている。所謂ニートである。
 リッカとニードはそれほど年が変わらないはずなのに、どこで差がついてしまったのだろう。全く持って謎である。





 次の日の朝。朝日を取り込もうとカーテンを開けると、偶然にもニードがこの家に向かっている姿が見えた。
「リッカは仕事があるんだから、ニードの相手をしている暇なんてないのに……」
 リッカが経営する宿屋には現在、女の子が一人泊まっているそうだ。ベクセリアからウォルロ村にやって来たその子は大地震の影響でウォルロ村とセントシュタイン王国を繋ぐ峠が土砂でふさがってしまい、帰る手段を失ってしまったらしい。その子に会ったことはないが、大地震の影響で故郷に帰れなくなったのはリディアも同じだ。なんとなく親近感を感じていた。

「リディアー、起きてる?」
ドアの向こうからリッカの声がした。
「起きてるよー!」
「あのね、ニードがリディアに用事があるんだって」
「私に?」

てっきり、ニードはリッカに会いに来たのだと思っていたので、リディアは驚いた。一体全体、ニードがリディアに何の用があるのだろう。昨日はあんなにリディアのことを煙たがっていたのに。
リッカに相手にされないから……だろうか。きっとそうだ。そうに違いない。

「分かった!今行くよ」

リディアはリッカから借りた寝間着を脱ぎ、天使の服を着て───この服が唯一、天使だという証明なのだ───部屋を出た。
リッカに連れられ玄関に向かうとニードが立っていた。手には二本のシャベルを持っている。穴でも掘るつもりだろうか。

「リッカ、俺、リディアと二人で話があるから」
「そう?あまり変な遊びにリディアを巻き込まないでよ」
そう言うや否や、仕事人のリッカは宿屋へと向かった。

「で、二人で話っていうのは……?」
 リディアが訊ねるとニードは周りを見渡し、誰もいないことを確認すると小声で要件を話した。
「俺達ニートの話だよ」
「うん、私たちニートね」

一瞬、リディアの思考回路が止まった。
……はて、今、ニードは『俺達ニート』と言わなかっただろうか。
いや、確実に『俺達』と言った。


「ちょっと待ってニードはニートだけど、私はニートじゃないよ!ちゃんと旅芸人っていう職業が……」
「でも、お前、一度も芸やってないじゃん」
ニードの言うことは最もである。確かにリディアは病み上がりなのを言い訳にこの村に来てから一度も旅芸人らしいことをしていない。なぜならリディアは便宜上旅芸人を名乗っているだけで芸を持っているわけでもなく、人々に見せる踊りを習得しているわけでもないからだ。他人の芸や踊りを一つずつ持ってはいるが、リディア自身の芸や踊りは一つとしてなかった。
それに、リッカに面倒を見てもらうだけで、リッカの仕事を手伝ったこともなかった。というかその話は昨日ニードにもした。

「昨日さ、俺が天使像の前でお前に話し掛けたじゃん?」
「うん」
リディアは頷いた。
「それを見てたらしい道具屋のおばちゃんが、オヤジに『お前さんの息子と新入りの女の子、そろってニートしてるよ』って言ったんだよ」
ニードの話にリディアはため息をついた。
わけも分からず地上に落ちた挙げ句、ニート扱いになるだなんて。こんな悲しいことってあってよいのだろうか。

「それでだ、汚名を返上するべく、地震で通れなくなった峠を俺達でなんとかしようってわけだ」
ニードは持っていたシャベルを一本、リディアに押しつけた。
成る程、このシャベルで土砂崩れを取り除くというわけだ。

「旅芸人って強いんだろ?ほら、外は魔物がウヨウヨしてるし、お前に俺のガードを頼みたいんだ」
旅芸人は芸をしながら、町から町へ旅をする。町の外には魔物がいるから、傭兵ほどではないにしろ、自分たちを守るだけの手段を持っているのだ。勿論、景気のいい一座であれば、傭兵の一人や二人、雇うこともできるが、それはごく一部の一座だけで、多くの旅芸人は自分で自分を守るだけの強さがあった。
そういえば、昔、ジプシーの姉妹が旅をする話を読んだことがある。姉は攻撃魔法を得意とした踊り子で、妹は回復魔法を得意とした占い師なのだ。

「うん、分かった。いいよ」
リディアはニードの要求を承諾した。特にやることもないし、峠まで行くくらいなら問題はないだろう。
峠を越えた先はセントシュタイン地方になる。そこにはセントシュタインという国があり、ウォルロ村より遥かに規模が大きい。

セントシュタインに行けば、リディアの他にも地上に落ちてしまった天使がいるかもしれないし、セントシュタインの守護天使に会うことができるかもしれない。そうすれば天使界に帰ることができるのではないだろうか。

「それじゃ、さっそく行こうぜ!」

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Honey au Lait