05

「ルイーダ?ねぇ、ニード、知ってる?」
「いや、俺も知らないぞ」
 リディアとニードは顔を合わせ、首をかしげた。
 ルイーダ。聞いたことのない女性だ。ニードは仕事もせずにほらを吹いてばかりだが、その実、彼は周りのことをよく見ている。ウォルロの守護を任されて日の浅いリディアならともかく、ニードでも知らないとなれば、ルイーダなる女性は村にいない可能性が高い。

 そもそも、今あの村にいる外部の人間はリディアを含めても二人しかいない。リディアの他にもウォルロに滞在している少女がもう一人いるらしく、土砂崩れの影響でセントシュタインに戻れなくなり、そのまま宿屋に滞在しているらしい。
 リッカからその少女の話は聞いていたが、ルイーダという名前ではなかったはずだ。
元々、これといった特徴のないウォルロを観光する人も少ない。村人以外の人間がいればすぐに分かるはずだ。
 ニードが崖の向こうのセントシュタイン兵に否定の言葉を投げると、兵士はルイーダという女性がウォルロ村に向かったまま消息不明となっていることを話してくれた。そして、彼女がキサゴナ遺跡に向かったという噂も。
「キサゴナ遺跡って確か……」
「この峠ができる前に使われていたウォルロ村とセントシュタインを繋ぐ道のことだな。でも、あそこは魔物が出るらしいから峠が出来てからっつーものの、誰も使わないぞ。使うのは遺跡にロマンを求める冒険者か、自殺志願者か、何も知らないただのバカだけだ」
 キサゴナ遺跡のことはその昔、イザヤールから聞いたことがある。リディアとしてはキサゴナ遺跡そのものの話よりも、古い遺跡はそこから溢れる負の力で悪霊の巣になりやすい、という豆知識の方が興味深かった。
「でも、なんだってそのルイーダって女はそんな危険を冒してまでうちの村に来たがってるんだ?」
「我々もそれを知らないから、本人から直接話を聞くのが一番だが、遺跡もいつの間にか道が塞がってしまったため、確かめる術がないのだ。とにかく、村の者にはもうすぐ道が開通すると伝えておいてくれ」
「オーケイ、オーケイ。このニード様がしっかりばっちり伝えておくぜ!」
 崖に挟まれているのだから誰に見られるわけでもないのに、ニードはウィンクをした。崖に向かって。
「ルイーダさん、大丈夫かしら」
「心配だけど、道が塞がっているんじゃ、確かめようもないしな。とりあえず村に戻ろうぜ」
 彼らの言い方からすると、おそらく彼らはキサゴナ遺跡に入ってルイーダを探したのだろう。しかし、峠の土砂と同じ原因か、はたまた別の原因か、道が塞がれており、彼女の捜索は早々に打ち切られた。セントシュタイン方面から遺跡に入って先へ進めなかったのであれば、ウォルロ村方面から遺跡に入ればルイーダが見つかる可能性もあるはずだ。

 (でも、兵士として戦闘訓練を受けているならともかく、ただの村人が遺跡に入るのは危険……。地震が起きてから魔物も狂暴化しているし)

 女性を探すなら自分ひとりで行くのが賢明だろう。一先ずはウォルロに帰ることにしたリディアは「このことをオヤジに伝えたら俺は村の英雄になれるかもしれない」と浅はかな期待を抱き、早足で村を目指すニードの後を追った。




「お前達は一体、何をしておるのだ!!」
 英雄になれるかもしれない、というニードの期待は、実の父親により儚くも打ち砕かれた。
「でも、俺達が行かなかったら、峠が開通することも分からなかったじゃねーか」
 自分たちの行動がどれだけ村に善い影響を及ぼすか、必死で説くニード。
「そんなもの、道が通ればおのずと分かったことだ。命を危険に晒すほどの価値はない。そんなこともわからないからお前はバカだといつも言っているんだ」

 村長の言うことはごもっともで、正直なところ、リディアも峠まで行ったことは無駄だったと確信していた。天の箱舟だって、開きもしなかったのだから。

「ぐっ……そ、そうだ! ルイーダとかいう人が、キサゴナ遺跡からこっちに向かったかも知れないから、確かめて欲しいって言ってたぜ!!」
「ルイーダっていう人、この村にはいないですよね?」
 念のため、確認をとるが、村長もルイーダのことは知らないらしい。
 ルイーダなる女性が、本当にキサゴナ遺跡をさまよっている可能性がいよいよ信憑性を帯びてきた。
「ちょっと!ルイーダさんが行方不明って本当?」
 そこへ、リッカがニードの家へやって来た。
「「リッカ?!」」
 想定外のリッカの登場に、リディアとニードの声が見事に重なり、二人は顔を見合わせた。そんな二人にリッカはなぜニードの家を訪れたのか、その理由を語る。
「近くを通りかかったら村長さんの怒鳴り声が聞こえたから、ニードがリディアを何かに巻き込んだのかなーって」
「大丈夫、ちょっと峠に行ってきただけだから」

 半分予想していたが、外にまで説教が聞こえていただなんて。

「そういえば、リッカはセントシュタインの生まれだったな。知っているのか?」
「はい……父さんのセントシュタイン時代の知り合いに、そんな名前の人がいたはずなんです。もしかして、父が死んだことを知らずに会いにきたのかも……」
「ふむ……心配だろうが、我々の力ではどうすることも出来んな。とりあえず今日のところは帰りなさい」
 戦い慣れている冒険者ならともかく、兵士の話によると、ルイーダは酒場を運営する一般人だ。それに、古い遺跡に何日も滞在するには飲食等、色々問題が出てくるはずだ。
しかし、村長の言うとおり、この村の人間がキサゴナ遺跡に行くのは危険だ。

「あ、いけない!夕飯の支度しなきゃ」

 またあとでね、とリッカは去ってしまった。忙しく振舞えば、目の前の不安も多少は薄まる。宿の仕事は今のリッカにとって、防衛のための手段なのだろう。

「それじゃあ、私もそろそろおいとましま……」
 村長の説教のおかげで忘れていたが、外を見れば夕日に染まっていた。
「バカもん!お前も同罪だ!勝手に帰るなんて許さんぞ!」
「え……嘘だ……」
「だいたい、子供達だけで魔物のいる外をウロウロするなど、言語道断だ!」


 ───結局。リディアが説教から解放されたのは、外も暗い夜中であった。

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Honey au Lait