06
翌日。リディアはキサゴナ遺跡へと来ていた。
「気味悪い……」
いざ遺跡の中に入ってみると、まだ午前中だというのに薄暗く、埃っぽい。魔物の気配も村周辺の比ではない。
それでも、リディアは行かなければならない。
家に帰ったあと、寝る前にリッカに言われたのだ。
「それにしても、峠まで行っちゃうなんて、リディアって強いんだね」
「旅芸人だからね。自分の身は自分で守らないといけないし、戦いには慣れているんだ」
「あのね、もし良かったら、ルイーダさんを探して来てくれないかな……?やっぱり心配で……」
リッカはすぐに「いくらなんでも危険すぎるよね!この話は忘れて」と言い直したが、リッカがリディアに頼み事をするのはこれが初めてで、リディアとしては彼女の頼みであれば、いくらでも引き受けたいと思った。
ろくに下調べもせず、たった一人で遺跡に来てしまった。本当はニードも連れて行きたかったが、昨日の今日で村長の熱い説教をくらわせてしまうのは気が引けたため、ニードには内緒だ。
遺跡には何があるか分からない。リディアは慎重に、なるべく魔物に見つからないよう歩いた。
歩いていると、奥のほうからリディアと年が近そうな女の子がこちらへ向かってきた。右手には杖を持っていることから、少女は魔法使いか僧侶であることがうかがえた。
少女の水色の髪は肩にかかるくらいの長さで、ウェーブがかかっている。
髪が水色というのは、随分珍しい色をしているな、とリディアは思った。数多存在する天使の中でも、水色の髪を持った者は少ない。
もしかして、彼女がルイーダだろうか。貴婦人にしては若い気もするが、こんな遺跡に入る物好きはそうそういないはずだ。
「あら、この先は行き止まりですよ?」
少女がリディアに話す。どう見ても普通の町娘だ。よく一人でここまでたどり着けたものだ。
「えっ、そうなんですか?知らなかった」
そこへ、二体のガチャッコが現れた。
堅い防具が体を保護しており、ナイフでの攻撃はあまり意味を為さない。そんなやつが二体も。
「私に任せてください」
少女が杖をガチャッコに向けた。
「爆破せよ、イオ」
少女がそう言った瞬間、少女の頭上からまばゆい閃光がガチャッコに向かって伸び、爆発が起きた。
イオ程度の小さな爆発ではガチャッコの息の根を止めるまでにはいかなかったが、爆発で胴体を覆う鉄製の防具が吹き飛んだ。
リディアは足に装着しているナイフを取り出し、二体共にとどめをさした。
「あなた、お強いんですね」
水色髪の少女が微笑んだ。
「一応、旅芸人だからね」
リディアはナイフをしまいつつ、お決まりになりつつある文句をそのまま言った。
「あ、あなたが最近ウォルロ村にやって来られた旅芸人なんですか!」
「え……そうだけど」
「私、一週間くらいウォルロ村の宿屋でお世話になっていたんです。宿屋のお方からお話を聞いてます」
少女の言葉を聞いてリディアは納得した。
彼女が、ウォルロ村にやって来たのはよいが、峠がふさがってしまい、帰れなくなったという……。
「想像していたよりずっと若い方でびっくりしました。あ、私、ルルーと申します」
ルルーと名乗った少女が会釈をする。
「私はリディア。よろしくね」
彼女がルイーダでないのなら、ルイーダは別の場所にいる。一体、どこにいるのだろう。
「でも、ルルーはどうしてこんな所に?いくら魔法が使えるからって、危ない気が……」
「あ、それはこの遺跡からセントシュタイン地方に出られるからです。私、ベクセリアから来たんですけど、ウォルロに着いた矢先に大地震が起きちゃったんですよ」
それで峠も使えないし、帰れないので、とルルーは苦笑しながら言った。
「母親が待ってますし、きっと心配してると思うんです」
「それは早く帰りたいよね……」
そこで、リディアはセントシュタイン兵士の話をルルーにした。
「あ、でも峠はもうすぐ開通するって聞いたよ」
兵士の話は村長よりもルルーのような人にこそ必要な情報だったのだ。ニードも話す相手を間違えた。
「そうなんですか?うーん、でも、一応急用なんですよね……」
「思ったんだけど、ルルーって爆発呪文使えるんだから、土砂崩れもなんとかできるんじゃ……」
リディアが提案すると、ルルーは一瞬で明るい表情に変わった。
「あ、それいいですね。あのくらいならイオラで十分吹き飛んでくれそうですし。いいこと聞きました!」
そう言うや否や、ルルーは「ありがとうございます!」と言って遺跡から去ってしまった。