07
「なんか、変わった子だなー」
遺跡に一人残されたリディアはそう呟いた。遺跡にリディアの声が虚しく響く。
先に進んでも行き止まりだそうなので、リディアは来た道を引き返し、別の道を探すことにした。
「あれ……?」
別の道を進むと、今度は幽霊が姿を現した。それも、人間の。
年齢的には四十代といったところだろうか。男である。性別から、ルイーダではないと考えられる。
幽霊は何も言わずに移動する。リディアは幽霊の後を追った。彷徨える魂は成仏するタイミングを見失うと悪霊になり、最後には魔物に成り果ててしまう。死した者を救うのも守護天使の役目だ。
幽霊が分かれ道を進んだので、リディアもついて行く。
いくらか歩いていると、石像があった。道はそこで終わっていた。
「石像の首に……」
それだけ言うと、幽霊は消えてしまった。
姿を消しただけで、完全には成仏していない。この人の未練は一体何だろう。石像と関係あるのだろうか。
「首になにかあるのかな……?」
リディアは石像の首の部分を覗いてみた。
そこにボタンのような突起物があった。
リディアはボタンを押した。
どこからともなく、音がする。
「取り敢えず、行ってみよう」
恐らく、ボタンによって道が開けたのだ。
「あのー、ありがとうございました!今度あなたのお話も聞かせてください」
どこにいるか分からない男性に向かって、リディアはお礼を述べた。
コツ、コツ。遺跡の中に足音が響く。
魔物に気づかれないように足音を立てないよう、努力はしているが、石でできた遺跡をブーツで歩いているため、どうしても音が生じてしまう。
まっすぐ進むと、階段があった。
「ルイーダさんは下にいるのかな」
ナイフを握りしめ、リディアは階段を降りた。
さらに数階降りたところに、一人の女性が座り込んでいた。「貴婦人」という言葉にも当てはまりそうな見た目をしており、彼女こそがルイーダで間違えないだろう。
「大丈夫ですか?」
リディアは女性の元へ駆け寄った。
「ええ、一応ね。あなた、この瓦礫をどけてくださらないかしら。またヤツが来る前にここから……」
女性の足元に瓦礫が積み上げられている。地震の衝撃で遺跡の一部が崩れたのだろうか。瓦礫から垣間見える生足は紫色をしており、十分な血液がいっていないのだろう。早く瓦礫を除かなければ、最悪、足が壊死してしまう。
リディアが瓦礫の一つを持ち上げた瞬間、後ろから地響きがした。女性の顔に驚愕の表情が現れる。
「ヤツだわ!」
女性が叫んだ。
「私、あいつから逃げてたのよ!気をつけて、あいつ、強いわ」
天使界にいた頃に見た、上級天使たちが作った魔物図鑑の中にこの魔物の絵もあった。名前は確か、ブルドーガ。遺跡に生殖しており、その体重を利用して地響きをおこしては文化遺産を壊す、学者たちにとってはとんでもない魔物だ。体の表面は石に似た何かで覆われており、ナイフどころか剣ですらまともに傷を負わせることはできない―――魔物図鑑にはそのような説明文が添えられていた。
物理で傷を負わせることができないのであれば魔法を使うのが手っ取り早いが、リディアが使える攻撃魔法といえば、初級の氷魔法とこれまた初級の風魔法だけだ。リディアはどちらかというと魔法より物理攻撃を得意としている。初級魔法で、人など簡単に踏みつぶせそうなこの魔物にどれだけ太刀打ちできるか。
ブルドーガが突進してきた。反射的に体を反らしたが、見た目に反して想像以上に素早い動きで避けきることはできなかった。
そのまま壁にぶつかり、体に衝撃が走る。
「痛っ……。癒せ、ホイミ」
リディアは右手を腹部にかざした。淡いエメラルドの光が周辺を照らした。
リディアも、全く呪文が使えないわけではない。
とはいっても、今現在、使いこなせる呪文は簡易回復呪文のみである。
───戦わなければ。
再び、ブルドーガがリディアに向かって突進してきた。ありったけの力を込めてリディアはヒャドを唱え、自身とブルドーガの間に氷の壁を作り、避けた。壁はブルドーガの突進による衝撃で粉々に砕けたが、リディアが避ける時間稼ぎにはなったようだ。
闇雲に戦っても、ブルドーガには勝てない。戦法を考えなければ。道を開く、何かを。
「もしかしたら……」
この高さの視点からは死角になっているため、分からないが一つだけ希望があった。
意を決してリディアはブルドーガの足の下へ潜り込む。
(良かった……!)
ブルドーガの腹は、甲羅で覆われていなかった。
リディアは力を込めてナイフを突き刺した。
ブルドーガが悲鳴を上げて、倒れる。
「やった……」
緊張感が解け、リディアは安堵した。