08

「あなた、見かけによらず強いのね」
「一応、旅芸人ですから」
「どさくさにまぎれて、瓦礫から足も抜けたし」
女性の足からは血が出ている。
立っているのも辛いだろう。

リディアは女性に簡易回復呪文をかけた。
簡易であるため、完治こそしなかったが、多少はマシになったはずだ。

「ありがとう。私はルイーダ。わけありの女よ」
「リディアです」
「とにかく、もうここはこりごりだし、早く地上に出たいわ」
二人は歩いて遺跡の外へ出た。


「それじゃ、私は用事があるから。お礼はまたあとでさせていただくわ、アディオス!!」
「え、あ……」
きっとルイーダはリッカの父親に用事があるのだ。
ウォルロに行くなら一緒に行きたかったのだが。残念である。

「私も早く帰らないと……」
ルルーは峠を超えたのだろうか。
遺跡から峠まで遠くない。
気になったので、ウォルロに帰る前に寄って行くことにした。


「土砂崩れが……」
無くなっている。跡形もなく。
きっとリディアの提案通り、ルルーが大爆発呪文で吹き飛ばしたのだろう。

さらに驚いたことに、吹き飛んのが土砂崩れにより土や岩だけで、周りの木々は一切巻き込まれていなかった。ルルーはきちんと魔力を調整して呪文を使ったのだろう。
それだけでも、彼女が優れた術師であることがうかがえる。

「私も、しばらくしたらセントシュタインに行こうかな」
ここにとどまっていても、何も変わらないから。



ウォルロに着いた時にはすでに夕方になっていた。
この時間なら、リッカは宿屋にいるだろう。
リディアはリッカに、帰宅の旨を伝えるべく、宿屋へと足を運んだ。


……のだが。


「私、とにかく行きませんから!!」

宿屋に入ろうとした瞬間、リッカが中から飛び出してきた。

「うーん、これは長期戦になるかしら?」
宿屋の中で、ルイーダがそう呟いた。


「え、え?」
宿屋の外で、事情が把握できず、うろたえるリディア。
何があったのだろう。

取り敢えず、近くにいるルイーダに事情を尋ねることにした。


「何があったんですか?」
「あら、リディアじゃない」
ルイーダは快く答えてくれた。
「私ね、セントシュタインで宿屋を経営しているの。リッカの父親が建設した宿屋なんだけどね、リベルトさん───あ、彼女の父親よ。取り敢えずリッカと一緒にウォルロに引っ越しちゃって。リベルトさんがいなくなってからうちの宿屋が危なくなって」
「それで、リベルトに会いに?」
「そうなの。だから、またリベルトさんに復活してもらおうと思っていたのよ」
建設者がいなくなっただけで、経営が怪しくなるのだろうか。

「リベルトさんはね、宿王と呼ばれていたのよ!!並みいるライバルを押し退けて、宿の規模をどんどん大きくしていったわ!!」
「それで……」
「宿王の去ったうちの宿は今、とにかく崖っぷちなの。まさか、リベルトさんが二年も前に亡くなっていたなんて……」
ルイーダはどこか寂しそうな表情だった。が、すぐに明るい顔になった。

「それで、リベルトさんの娘さんのリッカを連れていこうってわけよ」

ああ、だからか。
だからリッカはさっき、ここを飛び出したのだ。

なんとなく、リッカの気持ちが分かる気がする。
きっと、彼女は怖いのだ。

今まで培ってきた『当たり前の生活』が変わってしまうことが。

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Honey au Lait