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セントシュタインは、シュタイン地方に属している独立国家、シュタイン王国の首都だ。
シュタイン王国は他の国に抜けを許さない、圧倒的な領土と人口を誇る。同じ大陸にあるウォルロ村とは比べ物にならないほどだ。

国の中心部は様々な店であふれており、行きかう人の数も多い。配属される守護天使が、この国だけは二人いることも頷ける。二人がかりでも大変だろう。そう言えばセントシュタインの守護天使はあまり天使界に戻ってこなかったことをリディアは思い出した。戻ってきたとしても、二人のうちの一人だけで、一人が星のオーラを世界樹へ捧げる間、もう一人は人間たちを守護し続ける。


「だ、誰か助けて……!」

適当に歩けば、裏通りに来てしまった。あまり人目につかないような場所は、総じて治安がよろしくないと昔イザヤールから教わったことがある。

声のした方向へ向かうと、男数人が女性一人を取り囲んでいた。
女性の服は切り刻まれており、インナーが露出している。パッと見た感じでは女性の体に目立った外傷はないが、男たちが女性に何をしようとしていたのか、リディアは大体察した。多分、まだ大事には至っていない。

「ちょっと、あなたたち」
一人、二人、三人。いかにも柄の悪そうなやつらではあるが、この人数ならどうにかなる。
「その人から離れなさい」
「ああん?誰だてめぇ」
「通りすがりの旅芸人、よ」
「はぁあああ。旅芸人ちゃんでちゅか〜。一座のみんなとはぐれちゃったかな〜?お前もこの女と一緒に芸より楽しいお遊びをしまちょうか〜」
リディアはため息をついた。人を見た目だけで決めつけ、あまつさえ誤った判断を下す。なんて滑稽だろう。人間を嫌う天使の気持ちも分からなくはない。
「聞こえないの?その人から離れなさいって」
「あ?ガキが大人になめた口をきくんじゃねぇ……!!」
だが、リディアが何よりも許せないのは、女性に対して暴力を振るっている、ということだった。


男たちは一斉に殴りかかってきた。威勢はいいが、動きに無駄がありすぎる。リディアは男たちの拳を最小限の動きでかわし、一番近い男の足を思いっきり蹴った。足を蹴られた男はバランスを崩し、その場に倒れた。
「マジすかリディア。こいつらやばそうだけど、やっちゃうんだ」
「ガキのクセに生意気だぞおらぁ!!」
「私のこと、なめてもらっちゃ困るんだけど」
サンディと男たちに向かってリディアは言う。
これでもイザヤールの弟子として必死に修業してきたのだ。こんなチンピラに後れを取るようでは師に合わせる顔がない。
「燃やせ、メラ」
男の指先から火の玉が飛んできた。
頭の悪そうな男どもではあったが、初歩中の初歩呪文を使うだけの脳みそはあるらしい。

「吹け」
リディアは腕を伸ばし、火の玉に術の焦点を定めた。
「バギ」
男が放った魔法は、風魔法とともに男へ直撃した。
「あちぃ!!」
男の上着が燃え、男自身も軽く火傷を負う。火傷の痛みでもはやリディアに立ち向かう気力はなくなっただろう。
「お、覚えてろよこのやろー!!」
火傷を負った男を病院へ連れていくことを優先させたのか、男どもはどこかへと去ってしまった。

「大丈夫ですか?とても怖い思いをされたでしょう」
「ありがとうございます……!あなたみたいな勇敢な方がいてくださって本当に良かった!」
涙を流しながら女性はリディアにお礼を言う。
「その恰好で街を歩くのは良くないですし、私の服でよければ、着ていってくださいな」
「で、でも……」
リディアは天使の羽織を脱ぎ、女性に渡した。黄緑色のシャツと天使のスカートは不格好だが、女性の恰好の方が問題だ。
「いいんです。新しく服を買うつもりだったので」
「で、でしたらせめてものお礼に私に服を贈らせてください……!」
女性にそこまでしてもらうのは申し訳ないと思いつつ、武器も買いたいと思っていたので、厚意に甘えることにした。



可愛さと丈夫さを兼ね備えた踊り子のドレスを女性におごってもらい、リディアは次に武器屋を訪れた。
剣、槍、杖、棍棒など様々な種類の武器が置いてある。

「どのような武器をお探しでしょう?」
リディアがあちらこちらの武器を見ていると、中年の男がこちらへやってきた。店員だろう。
営業スマイルを書かさない店員に、リディアは自分の要望を述べた。

「そうですね、剣が欲しいです。でも、あまりに重いものとか、値段がかかるものはちょっと……」
店員は少し考えた後、剣が収納されているケースから、一本の剣を取ってきた。

「こちらなど、いかがでしょう?女性でも手軽に扱えますし、値段も張りません」
リディアは店員から剣を受け取った。思っていたより軽い。
試しに鞘からだして振ってみたが、扱いやすかった。

「お客様、見かけによらず剣の扱いがお上手ですね」
「ありがとうございます」

リディアは手にした剣をじっと見つめた。
デザインはいたってシンプルなものだ。だが、それがよいのだろう。
取っ手も握りやすいし、実用性がある。

「私、これにします」
リディアは店員にお金を渡し、武器屋を出た。

「リディアってさ、強いんだね。ビックリだわ」
サンディが言う。
「まあね。あ、もしかして私が天使だってようやく認めてくれた感じ?」
流石に魔物相手だと多少辛い部分はあるが、人間相手に戦意を削ぐ程度ならどうってことない。こう見えて、リディアは下級天使の中でも優秀だった。
「そうね〜。アンタの実力を見せつけられたんじゃあ、認めざるを得ないっていうか?」
「本当?もう『天使かどうか怪しいんですけど〜』なんて言わないでよ?」
「分かったって!でもサ〜、アンタくらい強いと、男に守ってもらう必要もなくなっちゃうんじゃネ?ホラ、女の子なら誰だって憧れるっしょ。男に守ってもらうの」
「えぇ〜、誰かに守ってもらう、かぁ」
リディアは考えてみる。例えば先ほどの女性のように、悪い奴らに襲われて、それを助けてくれる殿方。いいなぁ、とは思う。思うのだが。

「誰かに守ってもらうのは私には似合わないよ。だって、私は守護天使だもの」
守護天使として、誰かを守って、その人が笑顔になってくれたのであれば、リディアも嬉しい。そしてその先に、天使たちの悲願という大切な思いがある。だからこそ、リディアは守護天使であることを、ひいては自分自身を誇りに思えるのだった。

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Honey au Lait