▼ 8 「俺、今日はもう帰るねー」と唐突に凛月くんは音楽室を去って行ってしまった。またね、と見送って時計を確認する。私もそろそろ帰っていい時間かもしれない。一曲だけ弾いたら帰ろうと思い、最後にKnightsの曲を弾いて満足気に一息つく。ピアノを閉じて、鞄を持って音楽室から去ろうとした。ふと、音楽室の入り口に人影が見えて誰だろうと首を傾げる。凛月くんが戻ってきたのかな?「凛月くん?」と聞くと、その人影は少し肩をびくつかせた。どうやら違う人らしい。入り口に近づいて誰を確かめようと覗くと、そこには腕を組んで壁にもたれかかった瀬名くんがいた。 「瀬名くん」 「……。」 「もしかして、聞いてた?」 「聞いてた」 サァッ、と血の気が引く音がした。もしかして、凛月くんは瀬名くんが来てることに気づいて先に帰ったのか。アイスブルーの冷たい瞳で私を見る瀬名くんは、はぁとため息をついて「たまたまここを通りかかった時に聞こえただけ」と言った。しかしその言葉を発する瀬名くんの顔は怖かった。これは、最初から最後まで聞かれたんだろうと覚悟する。自分の手から汗が滲み出てるのが分かった。 「あの、」 「俺らのライブ、あの時もそんな気持ちでプロデュースしてたの?」 「自分の方が上手く出来ると見下してたの?」と言葉を続けられる。違う、見下してたわけじゃない。私のこの気持ちはただの嫉妬心と対抗心だ。反論する内容は沢山とあるのに全てが言い訳に思えてしまって、言葉に詰まり目線が瀬名くんから段々と下に落ちていった。「黙るということは、肯定だと捉えていいんだねえ」と、瀬名くんの言葉は鋭く突き刺さる。 「違う!見下してたわけじゃない!」 「じゃあ何」 「……みんなが、羨ましいの。私は、アイドルを辞めたくなかった。だからプロデュース科なんて来たくもなかった。辞めさせられた上に、自分がしたい仕事をしている人のプロデュースなんてしたくなかった!」 一度口に出すともう後には戻れなかった。私の口からは今まで溜まっていた言葉が後先知らずぼろぼろと出てきた。同時に、目頭が熱くなって目から涙も溢れる。俯いたままの私を瀬名くんはどんな顔で見てるんだろう。怖くて上を向くことが出来なかった。 「アイドル、まだ続けたかった?」 「うん」 「だから、ずっと妬んだような顔で俺らのこと見てきたんだ」 「ごめん、なさい……こんな気持ちで、プロデューサーしてて」 的確な言葉に更に涙が溢れた。自分の顔を伝って涙は地面に落ちる。段々と嗚咽も混じるようになり、言葉もまともに繋げなくなってしまう。情けない。涙が止まらなくなり、顔を押さえて嗚咽を抑えようとする。 「あーもう!本当うっざい!」 その言葉と同時に顔をぐいっと上げさせられる。瀬名くんは、私の目を見て「バカじゃないの?なまえは」と言葉を続けた。 「アイドルを続けたかったとかこっちにはどうでもいい。あんたは、今プロデュース科でアイドルのプロデュースをしてるの」 「分かってる……」 「分かってない。わっかりやすい未練がその証拠。せっかく腕はあるんだから、その引きずった未練と悔しさ、プロデューサーとして俺らにぶつけてきなよ」 瀬名くんは、全て言い終えると私から顔を背けた。そして、「今の顔チョーブスだから。涙くらい拭きなよねえ」と言い、鞄からタオルを差し出してきた。素直に受け取って目から流れきった涙をふき取る。タオルにはマスカラやアイシャドウがついてしまう。今自分の顔は言われた通りブサイクなんだろうなあ。なんて思いながら、改めてこっちを見ていた瀬名くんを見る。瀬名くんの言葉は、頭に焼き付けられたかのように残っている。もしかして瀬名くんは、 「慰めてくれたの?」 私の言葉に瀬名くんは、「はあ?!」と眉を顰め明らかに嫌そうな顔をする。「慰めるわけないでしょお?あんたどんだけ頭の中お花畑なの?」と罵倒してくるものだから、ふふっと笑みが零れた。もしかしたら瀬名くんは、真くんの言う通り私のことを気にかけてくれていたのかもしれない。ちょっとだけ自惚れながら、「瀬名くんってそんなに嫌な人じゃないんだね」と言った。案の定、瀬名くんはより一層不機嫌なオーラを出して、「調子に乗んな」とおでこあたりを小突かれた。 「ほら、帰るよ」 いつも私を置いて先に行く瀬名くんは、私が横について来ていることを横目で確認するとゆっくりとした歩幅で歩き出す。音楽室から離れ、すっかり暗くなってしまった帰路につくため玄関に向かう。その間に会話はなかったけれど、いつも抱く瀬名くんに対しての恐怖心や苦手意識は少しだけ薄れたような気がした。 「ありがとう瀬名くん、また明日ね」 「泉」 「え?」 「泉でいい」 「俺だけ苗字で呼んでるでしょ」と言葉を続けた。そういえば、そうだった。自分でも無意識だったことから「確かに」と言ってしまう。言葉を発した瞬間、また怒られるかな、と思いつつ瀬名くんを見ると少しだけ目を細めて笑っていた。 「泉くん」 「よくできました」 「泉くん、また明日」 「はいはい、またね」 別れ際、控えめに手を振ると泉くんも手を振り返してくれた。少しだけ、気持ちが軽くなった気がした。 ← → |