静かになった音楽室でピアノに触れる。音が部屋中に広がり、虚しく消える。今日は自分の曲を歌いたい気分だ。私は、椅子に座り、音を思い出すように奏でていく。自分の調子が乗ったとこで息を吸い歌いだす。ピアノの音に負けるもんかと私の声は教室中に響いた。一通り歌い終わり、ふうっとため息と吐くと入り口から拍手が聞こえた。

「凛月くん」
「なまえが自分の曲を歌うの初めて聞いた」

 言われて自分もそうだったと気づく。そういえば、最近はプロデュースしたユニットの曲ばっか歌っていたなあ。凛月くんは、私の横に来ると一人用の椅子に無理やり座ってきた。連弾しようよ、とまだ眠そうな赤い瞳をこちらに向けて笑った。何の曲、と聞く前に凛月くんが弾きだしたのは私の曲。慌てて私も凛月くんに合わせて指を動かした。そう言えばこの曲、最後のライブで最後に歌ったなあ、なんて思いながら歌声をピアノに乗せる。曲も歌詞も自分で考えて、思入れのある一曲だった。凛月くんはそんなこと知らないだろうけど、私の歌声を聴いて嬉しそうにピアノを弾いてくれる。

「よく私の曲なんて知ってたね」
「まあね〜……セッちゃんがたまに聴いてたりしたし」
「瀬名くんが?」

 んーっと伸びをして、凛月くんは私に寄りかかる。最近縁のある瀬名くんの名前が上がってきて、ちょっとだけ心拍数が上がる。「昔にね、ああでも最近も聞くようになったかなあ……」と凛月くんはさほど興味のないように答えた。ふーんと私が興味なさげに答えると、そう言えば、と凛月くんは私の顔をぐいっと覗き込んできた。凛月くんの良い匂いが少しした。

「最近セッちゃんがなまえのことについて教えろ、って言ってくるんだよねえ。言っていい?」
「えーやだ」
「じゃあ自分で言ってよー」
「それもやだー」

 えー、と次は私の膝の上に寝だす。こうなると暫く起きないだろうなと思い、私は凛月くんを見る。凛月くんは、私の顔に触れて何を言いたくないの、と聞いてくる。少し悩んで、何だろうと考える。

「そうだなあ、まずは凛月くんと練習とか言いながら私の好きなことしてること」
「それはもうバレてるよ」
「えっ、マジで」
「マジで〜」

 はいじゃあ次、と簡単に受け流される。いやこれはもう食堂の一件で私も言われたからバレてしまっていても仕方のないことだけど、瀬名くんはこのことを知って怒ってるのかな。Knightsとして凛月くんにとって、時間の無駄とか言われそうだなあ。ほら早く〜、と急かす凛月くんで我にかえる。うーん、他になにかなあ。

「プロデュース科に来るのが嫌だったこと」
「あーそれねー」
「こんなこと凛月くん以外に言ったらいつ人に刺されるか分からないよ」
「本当はアイドルを辞めたくなかったんだもんね、そこまで知らなきゃなまえは一回どこかで刺されるね」

 物騒なことを言いながら凛月くんは笑う。私は、そうだね、と言いながら凛月くんの髪の毛に触る。さらさらとして、簡単に指の間からすり抜けていってしまう。凛月くんはそれをくすぐったそうにして目を細めた。「凛月くんは、刺してこなくて安心したよ」というと、「あんななまえを見て刺したいと思う方がすごいよ」と言った。


 凛月くんにこの事が知られたのは、転科してすぐだった。今と同じこの音楽室で私は、沢山の資料を抱えて泣いていた。その時は、プロデュース科に飛ばされ転科早々椚先生に「アイドルの顔をするな」と言われ凹んだり、奇怪なものを見るようなアイドル科の人たちの目が怖くて仕方がなかったりして精神的に参ってしまっていた。それでも押し寄せるようにやってくる、プロデュースの課題。アイドルをやめて数日後の出来事であったことから、頭の中はいっぱいいっぱいだった。早くやめたい、アイドルに戻りたい、ただそれだけを考えていた。その時に、偶然音楽室に入ってきたのが凛月くんだった。彼は、私を見ると一度面倒そうな顔をしたがそのまま私を無視してピアノに向かい、Knightsの曲を歌い出した。気づいたら私は、凛月くんによって奏でられる音楽に心を奪われていた。その時の顔は涙でぐしゃぐしゃだっただろうから、思い出したくもないけれども。一曲弾き語りを終えた凛月くんは、私を見て赤い瞳を細めて笑ったことを今でも覚えている。

「あの時、凛月くんが確か『ちょっとでも俺たちをプロデュースしたいと思った?』って聞いてきたんだっけ」
「そうだっけ……忘れた……。でも、なまえが『私の方がもっとうまく歌える』と言ってきたのは覚えてるよ」

 「神経は図太いよね」と凛月くんは言う。肯定も否定もせず口を閉じた。無言の私に凛月くんは「今でもそう思ってるの?」と質問を続けるものだから、ちょっとだけ悩んで「どうだろう」と眉を下げて笑った。 
  

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