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 大変だ。これはいくらバカな私でも分かる。緊急事態だ。朝普通に登校して学校を前に見えたのはカメラを抱えた人たち。誰かスキャンダルでも起こしたのかな、なんて能天気なことを考えながら校門に近づいた矢先私は足を止める。待って、私はこのアイドル科とプロデュース科に2人しかいない女子生徒のひとり。例え別の人のスキャンダルでも平然とあの人だかりを潜れるはずがない。しかも私、テレビ関係の人にニュースにするにはうってつけの人物。思わず後ずさりをする。どうしよう、家に帰る?しかし今日はKnightsのレッスン日、さすがに休めない。校門から数百メートルというところで悩んでいると、携帯が震える。着信は、珍しい人物からだった。

「大変だったね。紅茶でもどうだい?」
「頂く……」

 私は今、生徒会室にいる。朝助けてくれたのは目の前で微笑む彼、天祥院英智だ。私を迎えに来てくれて、初めて見る裏門から通してくれた。そして現在に至る。私は、目の前に出された紅茶を一口飲む。少しだけハチミツを入れてくれたみたいで、少しスパイシーな香りと甘さで心が安らぐ気がした。「何の紅茶?」と聞くと「フェンネルだよ、アロマ効果があるから今のなまえちゃんにぴったりだと思って」と言われた。初めて聞いた紅茶の名前と説明に頭がついてこなかったため「ふーん」とだけ返しておいた。英智くんは、私の横に座り「さて」とこちらを向く。

「先ほどのマスコミ、君を探していたのは分かるかい?」
「嘘でしょ、私なの」
「君が此処にいることが世間に知られてしまったようなんだ」

 困ったように眉を下げて「今までこういうことはなかったのだけどね」と英智くんは言葉を続ける。英智くんは、私が此処に来ると決まった時から何かと気にしてくれている。もともと私が憧れのアイドルのひとりであったらしく、現役時代も体調が良ければ見に来てくれていたみたい。それは、本人に言われるまで全く知らなかったんだけど、事務所知っていたらしい。

「高校中退したはずの消えたアイドルが夢ノ咲の、しかもアイドルに関わる学科にいるなんて証拠が掴めたら大ニュースだもんね」
「まあ、そうだけども。でもさ、何で私のことにまだ世間が執着するの?」

 アイドルをやめて数ヶ月、流石に私のことなんて世間も忘れてきているはず。なのに、今日みたいにマスコミが来たりしてまるで世間が私の話でまだ盛り上がれるとでも言いたいみたい。私は、英智くんがあたかも常識のように話す姿を不思議に見る。彼は、微笑んで「君はもっと自分を評価していいと思うな」と言う。そう言われても、私はもうただの女子高校生なわけで。

「君は、自分がアイドルをやめた。いや、やめさせられた理由を知っているかい?」
「事務所との、方向性の違い?」

「残念だけどそれは違うんだよね、消えたアイドル……もしかしたら「消されたアイドル」の方が表現は正しいかな?」

 彼の瞳に捉えられたように私は動けなくなる。何を言ってるのこの人は、私はアイドルとしての方向性を事務所と違えたから辞める決断になったわけで、別に消されたわけではない。無意識のうちに握っていた手のひらから汗が滲み出ているのがわかる。

「方向性の違いなんて言ったけども、それだったら妥協案でも出せば君は辞める必要なんてなかったはずだ。けれど実際はどうだった?『事務所の方針に従わなければ辞めてもらう』と言われなかったかい?」
「言われた……」
「君には本当は他に選択肢はあったはずなんだ。けれど君がアイドルという選択で活躍していたから…さらに言うと夢ノ咲学院の生徒としていたからこの結果が生まれてしまった」
「ちょ、ちょっと待って!全然話が読めない!」
「ストレートに言った方が良かったかい?」

「なまえちゃん、君はこの学院に潰されたんだよ」

 はは、と乾いた笑いが自分の口から出る。英智くんは何を言っているの?頭の整理がつかない。思わず視線を英智くんから逸らす。空は夏に近づいているからとても綺麗な青空だ。まるで今の私の気持ちと真逆だなんて思ってしまう。もしこの話が本当ならば、私が今ここにいるのは、男性アイドル育成に特化した学院が女性アイドルであった私を潰すための策略であったというのか。自分の見解がなんとなくしっくりきて更に怖くなる。「もう授業が始まる時間だね、良かったら今日僕の家においで。詳しい話と、これからについて話そう」と立ちあがった英智くんは笑いながら私の手を取る。私は力なく立ち上がり、エスコートされるがままに生徒会室を出る。

「僕は君の味方だよ、きっと誰よりも頼りになると断言するよ」








「ちょっとぉ、今日集中できてないでしょ?」
「わっ、」

 放課後はKnightsのレッスンに参加した。一日中朝のことを引きずってしまっていて、集中力が戻らないままでいた。このままじゃ泉くんに叱られるなんて思っていたら案の定だ。レッスン終了後、頭を軽く叩かれて、体のバランスを崩す。まさか私がバランスを崩してしまうと思ってなかったのか、泉くんは少し驚いた。「泉ちゃん!女の子を叩いちゃダメ!」と嵐くんが私を庇ってくれる声がする。虫の居所が悪くなった泉くんは、「勝手に倒れたなまえが悪いからぁ!」と私たちに背を向けた。「大丈夫?なまえちゃん、今日は具合が悪そうよ?」と、嵐くんは私を心配してくれる。私は、心配して支えてくれる嵐くんの手を軽く退け「大丈夫、ちょっとぼーっとしてた」と精一杯口角をあげた。

 レッスンが終わって、凛月くんが「今日はやるの?」と聞いてくるから私は困ったように笑って「ごめん、今日はちょっと」と初めて凛月くんとの時間を断った。少し驚いた顔をしたが、すぐ「ふーん、じゃあ俺はもう帰るね」と言うから彼は別に気にしてはいなかったみたい。私も急いで荷物を片付ける。「ちょっと急いでるから先に上がらせていただくね。お疲れ様!」と捨てるように言葉を吐いて、レッスンルームから去る。私が急いで向かうのは、英智くんに指定された場所。その場所に辿り着くと、大きなリムジンとそのリムジンの前に立つ英智くんがいた。少し息を整え、英智くんに近づく。

「待っていたよ、さあ乗って」

 彼は、私の手をとって優しく微笑んだ。
  

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