▼ 15 夏の海は、太陽の光によって煌びやかに光っている。冬の海も荒々しくて好きだけど、やはり海には夏が似合う。私は今、学院近くの海にいる。玄関で会った泉くんに連れてかれて今に至った。バイクに乗せられて来たのだけど、ここまでの道のり会話は何もなかったし相変わらず顔を合わせることがなかった。何故私はここまで呼び出されたのだろう、と思いつつ海でも比較的日陰となっている堤防を見つけて座る泉くんの横に遠慮がちに座った。陽の光のピークは過ぎ、今でも少しずつ陽が沈んでいくのが目に見えてわかった。 「今まで何してたの」 泉くんは、私の方を向かず海を見ながら言葉を口にした。私は、そんな泉くんを横から少しだけ見て同じように海を眺める。 「……ずっと、自分がしたいことしてた」 少しだけ言葉に躊躇う。自分にとってはこの休みは良いリフレッシュとなったし、気持ちの整理をつけられるものとなった。けれど、自己満の為にプロデュースを休まれた泉くんたちにとっては傍迷惑な話でしかないはず。素直に言ってしまった自分に少しだけ後悔した。……泉くんは、相変わらず海を眺めていた。 「へえ、そう」 潮風に乗って髪が靡く。言葉が続かないこの空気が凄く居心地が悪い。少しくらいこっち見てくれたって良いのに、今ならお得意の小言くらい受けてあげても良いのに。泉くんの柔らかな髪が風に乗って揺れる。どうにかこの空気を打砕きたくて、私は声をかけようと息を吸う。 「あの、」 「結局、あんたはどうしたいの」 私の言葉は、彼の質問で遮られた。そして、彼はもう一度「どうしたいかって聞いてるの、答えて」と言ってきた。相変わらず、海の方を見たままだった。私は、そんな泉くんを見て同じように海を眺める。今ここで言ってしまいたい。けれど、私が今、ここで自分の意思を伝えることは決して良いことではない。泉くんに害を与えることはしたくない、そう思うと自然に口を閉ざしてしまう。 「はあ……あんたが、何を気にしているか知らないけれど、俺のためを思って黙ってるんだったら許さないからね」 「そういうところ、うざい」と、泉くんは言う。まるで私の心を読み取ったような言葉に胸が痛む。確かに、私は泉くんのことを気にして口を閉ざしている。けれど、当の本人はこの調子だ。少し、甘えてしまいたくなる。私は、一息吸って口を開く。 「一週間、ダンスとか歌とかしたいことを一日中してたの」 最初に出た言葉は、風に飲まれて消えてしまうくらい小さな声だった。思わず私は生唾を飲む。多分、今は自分の意思をしっかり言わなきゃいけないところ。 「…そういうことはプロデュースしてる時もしてたけれど、自分の好きだと言えることをここまでみっちりするのは久しぶりだった。これだけやれば満足するだろう、と思うところまでしたんだ。……正直、プロデュースしてる時より楽しかった。そしてやっぱり、アイドルを諦めきれなかった。アイドルとして煌びやかな衣装を着て、ステージに立ってパフォーマンスがしたい。皆を見守るプロデューサーにはなれない」 何度も言っている「諦めきれない」という言葉。今までより意思のあるものに感じた。泉くんは、相変わらず海だけを見つめて表情は見えなかった。陽は沈みかけて、来た時より海は赤くなっている。 「結局、変わらなかったんだねぇ」 私の話を一通り聞き終えた泉くんは、立てた片足に頬杖をして話し出す。 「俺が前に言った言葉覚えてる?『いつまでアイドルのつもり』って言ったこと。俺は、そこそこプロデュースも出来るなまえがアイドルに執着する理由が分からなかったんだよねぇ。いつもそこははぐらかしているように感じられたし…まあでも、やっと分かった。良いんじゃない?今の言葉、なまえらしいよ」 泉くんは、私の方に顔を向ける。その表情は初めて見る優しい表情で、少し驚いた。風に髪を靡かせながら、夕陽に照らされ綺麗に映えている。 「ずっと待ってた」 「え……」 「学校は来ないし、連絡一つも寄越さない。なまえが今どうしてるかを知ろうとすると、テレビが先になまえの話をしだす。最悪の一週間だった」 初めて泉くんから素直な言葉を聞いた気がする。しかも、この表情。泉くんの初めてが多くて、私は口が開けっ放しになっていた。そんな私を見て、泉くんはため息をつく。そして、またいつもの眉間にしわを寄せた表情に戻った。 「何その間抜け面。真面目な話してんのぉ、ちゃんと聞いてた?」 「き、聞いてた!全部、聞いてた」 「なら良いけど」 軽く小突かれる。わっ、と思わず声が出て小突かれたところを手で押さえる。少し痛い、ちょっと力入れすぎなんじゃないのこの人、と思いつつ睨みつけると「ああ、そういえば」と何かを思い出したような顔をする。 「俺、あんたのこの事に関して手伝うつもりはないからね?というか、もう協力者はいるんだろうし」 その言葉に私は目が点になった。私は、泉くんに英智くんのこととか話していないのに何でだろう…?ふと、朝の英智くんとの会話を思い出す。英智くんはおもむろに泉くんの名前を挙げた。内密に、なんて言いつつ実のところ教えていたのかもしれない。最近私で遊ぶことを覚えた英智くんだ。有り得る。「聞いてたりするの?」と聞くと、「さあね」とはぐらかされた。 「まあ頑張ってね、でも仮にもプロデュース科の生徒なんだからそこは怠らないでよ」 「もちろん、そのつもり。そこは分別つけて卒業したいと思ってる」 私の言葉に泉くんは少し楽しそうに笑った。そして、頬杖ついていた腕を伸ばして私の肩にかけた。どうしたのだろう、と思った頃にはもう遅く、私はそのまま引き寄せられ泉くんの胸の中に収まっていた。泉くんの香りに包まれ、私は驚きのあまり動くことも出来なかった。どれくらいたっただろうか、分からないけれど気づいたら優しく腕が離された。そして、何もなかったかのように泉くんは「送ってく」と立ちあがった。私は、心拍数が上がってしばらく立つことができなかった。 ← → |