▼ 20 「えっ、と、家でも寄ってく?」 「はあ?何言ってんの?」 家まで送ってもらって、バイクから降りて何か話さなきゃと思った矢先出た第一声はこれだった。泉くんは見事に眉間に皺を寄せ、言葉通り何言ってんだという顔を向けてきた。だよねえ、と乾いた笑いをして私はそのまま家に帰ろうと玄関を向いた。その瞬間、「ちょっと待って」と腕を掴まれて歩みを阻まれる。振り向くと、泉くんがさっきと同じような表情で、いやでも少し焦ったような表情を見せた。 「何か話でもあるんでしょ?そこの公園でいいなら聞くから」 「……あっ、うん」 私自身特に彼に話すことなんてないと言ったら嘘になるんだけど、今はちょっとだけでも一緒に居たいなんて柄にもなく思ってしまった。最近、泉くんを意識しすぎているのかもしれない。近くの公園まで移動すると、泉くんはさっさとベンチに向かい座った。私はそれを追いかけて少し距離をとって横に座る。話したいこと、……S3の話は今度こそ英智くんとあんずちゃんとの機密事項だ。知ってて生徒会も敬人くんしか知らないって言ってたし。膝に手を置き、下を向く。泉くんは、何も話しかけてこないから余計会話を切り出しにくい。あ、そういえば聞きたかったことを思い出した。私がここ数日泉くんでもやもやしてた海でのこと。と言っても無言な空気の中をこの話で始めるのはちょっとやり辛い。ああ、でもこの空気もやだ。 「最近、顔怖くなくなったね」 先に空気を壊したのは泉くんだった。思わず泉くんの顔を見ると、泉くんは横目で私を見てきた。怖くなくなった、以前顔が怖いなんて言われたことがあったっけ。あの時は、こうして泉くんに家まで送ってもらうなんて思ってもいなかったな。というか、瀬名くんと呼んでたし無意識に彼だけ距離をとってたっけ。 「ゴミ箱に粉々にして捨てた顔を、やっと破片だけ拾えた感じだけどね」 「破片……それ褒めてるの?」 「褒めてるよぉ、俺にとっては最高の褒め言葉」 「私には悪口にも聞こえてしまうんだけど」 訝しげに彼を見ると、「悪口かもよ」と彼は笑う。言葉が見つからず黙っていると、私から目線を外す。どうしたんだろう、と覗き込もうとするとその前に「なまえさ」と泉くんが言葉を発した。 「好きな人でも出来た?」 私は、覗き込もうとしていた体が止まってしまった。泉くんの予想外の質問に思考も停止する。泉くんは、私へと視線を戻すと「何固まってるの」といつも通りの無愛想な顔で見てきた。その言葉で頭の回転が戻った私は、必死に好きな人という枠に入る人を探しだす。あんずちゃん?凛月くん?……多分、今聞いてるのはそういう親愛の好きじゃない。恋愛対象としての好きなんだと思う、そうすると思い当たる人がいなくて頭を抱えてしまう。ふと、さっきの凛月くんの言葉が頭を過る。何言ってるんだ凛月くん、セッちゃんはそういう対象じゃない。 「いない、かな」 少し黙った末出てきた言葉は、面白みも何もない返答だった。いないものはいないし、急に作り出すものでも変えられるものでもない。ましてや泉くんなわけがない。確かに最近気になることがあるから泉くんを目で追ってしまう節はあったし、泉くんの言葉で一喜一憂してしまうこともあったけれど。それとこれとは別で、今まで泉くんを恋愛対象として考えたことがなかった。言葉に悩んで黙り込んで返答を出すまでの間、泉くんは無表情で私を見ていた。けれど、その言葉を聞いた途端つまらなさそうな表情で組んでいた足を組み直した。 「あっ、そう。……最近、天祥院と仲良いじゃん。あいつはどうなの」 「英智くん?それはないよ、確かに良く話すけれどそういう対象ではないなあ」 英智くんは、見事に親愛の対象。泉くんにそういう風に映っていたのならそれは、最近のこともあって良く話しているからだろう。そうか、知らない人から見たらそれだけ楽しげに話しているように見えたりするのか。実際は、振り回されてるだけなんだけどな。泉くんは、腕を組むと顔を上に向け空を眺める。空は、太陽も沈み少し暗くなっていた。 「まあ、別にあんたが誰を好きであろうが俺には興味ないけどねえ」 「聞いてきたのはそっちじゃん」 何て理不尽な。苦笑いすると私を見た泉くんが鼻で笑った。これは小馬鹿にしてるやつだな、最近やっと表情で読み取ることが出来ている。泉くんはあまり表情を変えない人だから、理解するまでに時間がかかってしまったけれど。いや、まだそんなに分かってないけれど。そこから言葉は続かず、公園に再び静寂が訪れる。 「泉くんは、……好きな人いるの?」 しまった、と口にした途端思わず自分の口を押さえる。凛月くんの言葉が未だに頭をよぎって予想外な言葉が口から出てしまった。別に興味ないわけでもないし、むしろちょっと気になるのはあるけども、今はこれを聞くタイミングじゃなかったはずだ私。恐る恐る泉くんの顔を覗くと、ほんとうに驚いた顔をして私を見ていた。私は絞り出した勇気でへらっと笑ってしまう。 「あっ、ごめん、冗談」 「……いるかもね」 「えっ」 「だから、好きな人」 気にとめることもなくいう泉くんに私は驚いて、そうなんだ、と視線を泉くんからずらした。何だか泉くんと目を合わせ辛くなって、公園の遊具に目を泳がす。いるんだ、好きな人。私には関係ないことなのに、なんだか胸あたりが少し苦しくなった。いや、私は別に泉くんを恋愛対象として見ているわけではないからそういうことではないはず。−−多分、本来彼が好きな人にあてるであろう時間を私が奪ってしまたことへの罪悪感。 「それなら私に構ってる場合じゃないじゃん」 思わず、私の口から皮肉じみた言葉が漏れる。泉くんの視線を感じたけれど、私はあえて逸らしたままでいた。泉くんに好きな人がいるなら、私を慰めてくれたことも海で抱き締めてきたことも何だか良いものに思えなくなってしまう。好きな人がいるのにそうやって、別の女に時間を割くこともないのに。今だって、わざわざ家まで送ってくれたりしなくて良かったのに。段々と卑屈な考えになってしまい、それが惨めで思わず少し涙腺が緩みそうになる。 「あんたって本当可愛くないよねぇ」 はあ、と泉くんはため息を吐くとベンチから立ち上がり帰る、と一言告げる。私はそれに反応して、顔を上げて泉くんを呼び止めようと腕を伸ばしたけれど思い止まって途中でその腕を力なく下げた。何必死になってるの、私は今泉くんを止めて何がしたいの。呼び止めることの出来なかった泉くんは、私の方を振り向くことはなかった。必死に耐えていた涙腺が緩んで私の目から涙が零れ落ちた。私は、泉くんに何を期待していたんだろう。 ← → |