▼ 22 完全に出遅れた。終礼が終わり、荷物を片付けていたら担任に呼ばれてしまった。泉くんがいることを何度も確認しながら話を聞いていたけれど、あとちょっとのところで泉くんは教室を出て行ってしまった。私は、話が終わるとすぐに教室を飛び出したが廊下にはもう泉くんの姿はなかった。もういっそ諦めて明日にしてしまおうか悩んだけれど、今言いたい。私は、そのまま廊下を駆け出した。 「あっ、なまえさん!」 「真くん!泉くん知らない?」 階段を駆け下りていると、ちょうど下にいた真くんと出くわした。真くんは、不思議そうな顔をして「泉さん?」というと、そういえばと話を続けた。 「さっき、2年の校舎にいたよ。見つけた時にすぐ逃げちゃったからどこに向かったかは分からないけれど」 「なるほど、ありがと!」 捨て言葉のように感謝を告げながら、真くんに手を振る。真くんは、笑って手を振り返してくれた。そう言えば、一番はじめに泉くんの気持ちを察していたのは真くんだったな。てっきり泉くんの一方通行だと思っていたけれど、そうでもないみたい。これ泉くんに教えると喜びそうだなあ、早く会って話したい。私は、2年の教室付近まで来て小走りから早歩きにスピードを少し落とす。くまなく辺りを見渡すけれど、あのグレーの柔らかい頭は見当たらなかった。もっと、早く追いかけることが出来れば良かったな。肩を落として、私は荷物が置きっぱなしの教室に戻ろうとする。ふと、階段を上ろうとするところで足が止まった。目線の先にはちょうど、階段の折り返し地点から階段を上る泉くんがいた。泉くんは私に気付くことなく階段を上っていく。私は駆け足で階段を上ったけれど、泉くんの後ろ姿が見えたところで再び足が止まる。 「ほらさっさと行くよ、あんず」 そこにいたのは、泉くんとあんずちゃん。泉くんは、あんずちゃんの荷物も持ってあげているみたいで横の彼女に気を使うように歩いていた。少し見えた表情は、優しそうな表情をしていて私は彼に話しかけることが出来なかった。 「……そういうこと、かあ」 追いかけていた足は完全に止まり、見えなくなっていく泉くんたちをぼんやりと見ていた。そのまま上がりかけていた階段に腰掛ける。今は昨日のことについて謝りたいだけだから、泉くんの好きな人なんてどうでもいいのに。嫉妬心が徐々に大きくなってきていることを感じる。これだけ悩んでしまうのだったら、ずっと泉くんのことなんて苦手で良かったのに。ため息をついて、階段でうずくまる。人通りもなくなり、静かになってきたところで階段に向かう足音が聞こえた。その足音は、一旦止まると階段を降りるためにまた動き出した。流石にここに座り込んでしまっているのは怪しまれるよね。渋々立ち上がったところで、階段を降りている人とすれ違った。 「あっ……」 私なんかに目もくれずそのまま階段を降りていく人物は、それこそずっと探していた泉くんだった。頭が回らなくて数秒立ち止まってしまう。だめだ、追いかけなければ。私は、足に力を入れ泉くんを追いかけた。 「泉くん!」 唾を飲み込んで出た声は少し掠れていた。その声に泉くんは足を止める。けれど、また歩みを進め出した。しかも次は足早に。必ず止まってくれると思い込んでいた私は、目が点になる。嘘でしょ、ここで無視決め込まれるの?意地でも泉くんを捕まえなければ、そう思えば早いもので私は泉くんを追いかけるべく走った。 「待って!ねえ!」 廊下は走るな、という椚先生に言われた言葉なんて忘れて私は追いかける。早歩きだった泉くんもいつの間にか走り出していて、少しでもスピードを落としたら追いつかなくなりそうで焦ってしまう。このままじゃ一向に追いつけない。私は、自分の精一杯のダッシュをする。中庭の辺りで泉くんに追いつき、腕を掴んで引っ張った。 「……なに」 泉くんは、嫌そうな顔で私を見る。その顔を見ただけで、私はまた涙が出そうになった。走り回ったせいで切れた息を少しずつ整え、泉くんの瞳を見る。 「なんで逃げるのぉ……」 私から出た声は思った以上に弱々しくて、それと同時に掴んでいた手の力が弱まる。けれど、その手を離してしまえば泉くんはまた逃げしまうかもしれない。そう思ってもう一度力を強めた。私によって再び腕を掴まれた泉くんは、自分の腕を一度見ると痛い、と呟く。 「ごめん、離したら泉くんどっか行っちゃうと思って」 「……」 泉くんは、自分の腕から目を離すと私をちらりとだけ見た。そして、顔を背けて自分の足元に視線を落とす。私は、そんな泉くんの動きを追いつつ手だけは離さないでいた。 「……泉くん、ごめんなさい」 「何が?」 「昨日のこと、泉くんの優しさを無下にするようなことを言ってしまった」 視線を合わせてくれない泉くんを諦めず見つめる。 「私、泉くんに気にかけて貰えることが嬉しかったんだ。だから、泉くんに好きな人がいると知ってあんなこと言ってしまった。私なんか、って言うことで心のどこかで泉くんにそんなことないって言って欲しかったんだと思う。本当、可愛くない……泉くんの好きな人に嫉妬してた」 ごめんね、ともう一度言って私は手をゆっくり離す。あとは泉くんが許してくれるかどうか、ここまで無理矢理つなぎ止めるのは良くないと手持ち無沙汰になった手を握る。泉くんは、ゆっくり顔を上げると私の顔を見た。表情は相変わらず無表情で、何を考えているかは分からない。緊張して思わず唾を飲み込む。 「俺の好きな人、誰か知りたい?」 知ってるよ、そう答えようとしたけれど口を閉ざした。私は、彼の言葉に小さく頷く。泉くんは、少しだけ笑うと私としっかり視線を合わせた。 「俺が好きなのは、なまえだよ」 「……わたし?」 「そうだけど?好きじゃなかったらここまで気にとめないし、干渉しようなんて思わないから」 次は泉くんが私の腕を捕まえる。掴まれた腕を見て改めて泉くんを見ると、目を細めて笑いかけてくれた。 「昨日のこと、許してあげてもいいよ」 「本当?」 「本当、今まで俺のことでいっぱいだったんでしょ?」 私は思わず口元を押さえる。誰のせいでこうなったんだ、なんて言いかけたけれど肯定と捉えられるのが恥ずかしくて泉くんから目線を逸らした。図星?と楽しそうに言う声が聞こえてさらに恥ずかしくなる。けれどその声が嬉しくて、思わず自分からも笑みが零れた。 「……それで、あんたの答えを聞きたいんだけど」 歩きながら泉くんを見る。泉くんも同じく歩きながら私の方を見てきた。少し真剣な表情だった。答え、一瞬何のことから分からず少し悩んだが思い出す。ああ、そっか。泉くんの好きな人は私なのか。 「……私のこと好きなの?」 「はあ!?だからさっき言ったでしょお?聞いてた!?」 「聞いてたけど、えっ、私!?」 思わず大きな声が出てしまう。足を止めた泉くんは、掴んでいた腕を強く握り少しだけ眉間にしわを寄せた。ごめん、聞いてた、痛い。 「えっと、恋愛感情で?」 それだったら違うかな、なんて言おうとした矢先、大きなため息とともに泉くんは空いている手で頭を押さえた。また泉くんを怒らせてしまった?私は少し慌てんがら泉くんの顔を覗き込む。それに気づくと泉くんは、顔向けるな、と逸らしてしまった。 「まあ、大方予想はついてたからいいけど」 呆れたように笑った泉くんは、掴んだ腕を引っ張り私を抱き寄せる。思わぬ行動に瞬時に反応が出来ず、近くなった泉くんの顔をじっと見てしまった。そんな私を無視して泉くんは、私の耳に顔を近づけ挑発するように囁く。 「じっくり、俺のこと好きになってもらうから」 いつになく低めの声で囁かれぞくりとした感覚が神経を渡る。しかしそれだけでは足らず、耳もとでリップ音と共に柔らかい感触が与えられた。泉くんはゆっくりと私から離れる。私は、だんだん自分の顔が熱くなっていることに気づいた。そして、柔らかい感覚が残った片耳を抑える。恐る恐る泉くんを見ると、そこにはいつものように無表情で少し不機嫌そうな顔が見えた。 ← → |