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 低音がステージを揺らすように鳴りだす。そして改めて私にスポットライトが当てられる。このステージは私の為のステージ、けれど私に興味がない人しかいないのは分かっている。だからこそ私は全力で挑める。足を力強く踏み鳴らし、私はマイクを口に寄せた。

「初めまして、知っている方はこんにちは!みょうじなまえです!」

 その言葉に観客の目は、私に集中する。珍しいものを見るような視線、アイドルをやめた直後に感じた視線と一緒だけれど嫌な視線じゃない。むしろ今は興奮する要素の一つになっている。私は、観客に向かって言葉を続けた。

「イケメンを目当てに来られたはずなのに、女でごめんなさい」
「少しだけ、少しでいいから……私を見て」

 タイミングよく音楽が前奏を終える。それと同時に声を上げる。プロデュース科のなまえだったらできない、アイドルのなまえだからこそ出来ること。いつも抑え込んでいる感情を解放するかのように、私はパフォーマンスをした。応えてくれるように観客から歓声が聞こえる。受け入れてくれたのだろう、それが嬉しくて私のテンションも上がる。楽しい、凄く楽しい。

「……っし」

 曲が終わると同時に拳を握り締め、目を閉じる。視界を閉じたことによって、より鮮明に拍手の音と歓声が耳に入り込んでくる。私に全然興味なんてなかった人が、今は集中して私だけを見てくれている。アイドルとして、これ以上の幸せはない。私は目頭が熱くなるのをぐっと我慢して、目を開いてステージに向かってお辞儀をする。袖に戻ろうとすると、向こうから歩いてくる泉くんと目が合った。突然の出来事に不服そうだったはずの泉くんは、さっきとは違い楽しそうな表情をしていた。そんな泉くんに激励の言葉でもかけようかと口を開こうとした。けれど、泉くんは私の行動なんかお構いなしにステージのセンターに向かう。ああ、今は私は敵だからか。無視するとは露骨すぎる。袖に降りた私は、途切れなく始まった泉くんのステージを見て苦笑いする。流石、Knightsの年長者と言える完璧なステージがそこにはあった。

「瀬名先輩、容赦ないですね」
「ほんとにね」

 袖に待機していた司くんが、私の傍に寄り話しかけてくる。彼の視線もステージの泉くんから目を離せなくなっている。後輩として、少しでも何かを吸収したいとでも思ってるのだろうか。そんな司くんを横目に、私も泉くんに目をやる。泉くんのパフォーマンスは、私に心を奪いかけられていた観客を強奪するかのような勢いがあった。まるでファンに、自分を見に来たんだろ、よそ見するな、とでも言うかのように。相変わらず自己主張が激しいなあ、それでこそアイドルであるのだけど。

「ありがとねぇ」

 泉くんの一言で歓声が湧く。深々とお辞儀をすると、泉くんは舞台袖の私に視線を向けた。終わったのか、そうか、ステージに上がらなきゃ。横にいる司くんも察したのか、お姉様、と急かすように私の背中を押す。ぐいぐいと押されるものだから、足をもたつかせながらステージに上がる。泉くん色に染まった観客が楽しそうにこちらを見ている。さっきまで私の色だったのに、この人は本当末恐ろしいなあ。睨みつけるような視線で私を見てくる泉くんに少しだけ目線を送り、そんな泉くんの横に立つ。堂々としている泉くんの気迫に押されそうになりながら、私も背筋を伸ばす。今は私も彼と同じアイドルだ。袖に隠れて見守る臆病なプロデューサーではない。

「それじゃあ、結果に移ろうか」

 マイクを持った英智くんが、私たちが並んだことを確認して話し出す。落ち着いた声だけれど、その声色は気持ち高めだった。英智くんも楽しんでくれたのだろうか。大人ぶっている彼の、垣間見せる少年らしさが嬉しくて口元が緩む。

「二人とも、素晴らしいステージを見せてくれるものだから甲乙つけがたいね。けれど、勝負は勝敗があってこそ面白いものだ」

 英智くんがそう告げると同時にBGMが止まり照明が落とされる。少しの間があった後、照明がピンポイントで私を照らした。

「今回の勝負、勝利は君だよみょうじなまえちゃん」

 暗かった照明が上がりBGMも鳴りだす。英智くんはこちらを向きながら、目を細めて笑う。事態をうまく飲み込めていない私は、横からの泉くんの肘打ちでやっと我に返った。

「私の勝ち……」
「僅差だったけどね、君の勝利だ」

 その言葉で自分の顔が段々と綻んでいくことが分かる。私はマイクを持って観客に感謝の意を伝える。興奮しすぎて何を言ったかは覚えてはいないけれど、観客がそんな私を見て喜んでいた気がする。私の一挙一動で喜んでくれているのが嬉しくて、幸せな気持ちでいっぱいになる。−−ふと、横の泉くんに目をやる。彼は、私の視線に気づくと面倒そうにこっちを向いてくれた。そして、おもむろに手を差し伸べられる。

「無駄な汗はかきたくなかったんだけどぉ」
「はは、ごめんね……でも、ありがとう」

 差し出された手を握り返す。相変わらずの憎ったらしい口ぶりで苦笑する。けれど、手袋越しの泉くんの手から熱が伝わってくるものだから、なんでも許してあげたくなってしまう。泉くんは私の手を握ったまま、まあでも、と言葉を続ける。

「なまえの勇姿、一番近くで見れたからそれで許してあげるよ」

 そして泉くんは、楽しかったというように笑う。まるで愛でるような、そんな笑顔、初めて見た。私は、思わず口が開きっぱなしになってしまう。もしかしたら泉くんのこの笑顔を見ることは最後になるかもしれない。それでもいい、私はその瞬間が嬉しくて仕方なくて手をぎゅっと握り返して笑った。
  

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