※無駄に長いです


突然だが、俺の2つ右隣の席の氷室辰也は、とてもモテる。



二年時から帰国子女として編入してきた氷室は、すぐに女子の注目の的になった。帰国子女という響きに加え、英語がペラペラで(まあ当たり前だろうが)背が高く容姿端麗で、物腰も柔らかい。そして俺は実際は見たことはないが、バスケがとても上手いのだそうだ。本場アメリカのストリートで鍛えたんだと。あと女子曰くたまに見せる影のある表情というのが堪らないらしい。俺には全く分からないけども。
まあそんなわけで、俺には関係のない話だが氷室は結構な頻度で女子から告白されている。が、全て断っているらしい。氷室曰く、「好きな人がいるから」だそうだが、あいつが好きになる女の人だから相当美人なんだろうな、なんて勝手に思っている。ちなみにこの情報は俺の隣の席の田中さんからだ。

要するに俺が言いたいのは、氷室辰也はモテモテだということ。

で、

問題は、


「なまえ、お昼一緒に食べていいかな?」


その氷室辰也が、やたらと俺に絡んでくるということだ。


「……いいけど、」


断る理由もないし、とそう思いながら返せば、田中さんが目をらんらんと輝かせて勢いよく俺を見た。心なしか鼻息が荒い。なんでだ。

目の前のアルカイックスマイルを浮かべる氷室、周りの俺に「なんであんたが」とでも言うような視線を送る女子と、何故か囃し立てる野郎共。

俺は我慢できなかった。



「えーと………、

中庭行かね?」






「なあ、なんで俺なんだ?」
中庭のベンチで購買で買った焼きそばパンをもしゃもしゃ頬張りながら聞いてみた。

「何が?」

きょとん、としてそう聞き返してくる氷室に、だから、と続ける。

「昼飯一緒に食べる奴だよ。俺よりも仲良い奴なんてたくさんいんだろ。なんで毎日俺なの」

「……」

「や、別に嫌とか迷惑な訳じゃないからな!?誘ってくれんのは嬉しいけど、…ただ、気になるだけ」

一瞬黙った氷室に慌てて弁解をすれば、俺の慌て様が面白かったのか、氷室はいたずらっぽく笑う。

「知りたい?」

「…知りたいから聞いてんだけど…」

俺がそう不満げに言えば、氷室はにこり、と笑って、

「ひみつ」

と、その一言。

「………はあ?」

「そうだな、その時になったら、ちゃんと言うよ」

「…はあ」


こいつよく分かんねえ。



とまあ、昼にそんなやり取りがあった日の放課後。


「…ん、そういえば氷室今日部活あんだろ?行かなくていいのか」

俺と氷室以外に誰もいない教室で、俺はせっせと日誌を書いていた。

「なまえが日誌書き終わるまで見てるよ。俺も日直だし」

俺の前の席の椅子に座ったまま氷室が言う。無駄に長い足を組みやがってちくしょう。
実はクラスに欠席者がいる関係で日直がずれ込んで、日直が俺と氷室になったのだ。つうか見てるってなんだよ。日誌は俺が書くのかよまったく。

とか少し思ったものの、とりあえず日誌を書き終えようと書く手を速めた、のだが。



「……………」


「…、何?」

「いや何?ってこっちが何?なんだけど。さっきからお前の視線が突き刺さって痛い。集中できねえ」
俺をにこにこと笑いながらじっと見つめている氷室を睨みつけてみるものの、効果は全くと言っていいほどなさそうだ。
ほんとこいつ訳分からん。俺の顔はそんな面白いか。

「…なんで俺のこと凝視すんだよ。気まずいんだけど、俺が」

「なんでだと思う?」

「いや分かんねえから聞いてんだろ。なんなんだよ」

「ひみつ」

「…またそれか……」


ほんと、こいつはなんなのだろう。
女子にはキャーキャー言われて男子受けも良いいわゆる人気者の氷室が、別段仲が良いわけでもない俺に、どうしてやたらと絡んでくるのか。もしかして俺と仲良くしようとしてるとか?いやそれならなんで俺なんだ。

…ああ駄目だ、そんなの考えるだけ頭の中がこんがらがる。

はあ、と溜め息をこぼしながら、書き終わった日誌を閉じた。



「…俺、これから先生に日誌出しに行くけど。お前も来る?」



静かだ。

皆部活にでも行ってしまったのだろう、廊下にも教室にも人の気配はない。
結局、氷室と一緒に日誌を職員室に出しに行くことになった。「日直だし、それに俺は別件で先生に呼ばれてるから」だと。


俺と氷室の間に会話はない。

「………」


氷室がやたらと絡んで来るようになったのはいつ頃からだろうか。はっきりと覚えてない。
思えば、氷室と一緒になるのは飯とか移動教室の時とかだけだ。それ以外は俺は俺の友人と話したりしていたし、氷室もそうだったように思う。
絡み方が中途半端だ。一線を越えたいのに、敢えて越えようとしない感じがモヤモヤする。絡んでくるならもっと豪快に来ればいいのに。

なんて、今までの自分となんとなく矛盾しているような気もするけれど。

性格はきっと合うんだと思う。たまにこいつ変だとか思うようなことはあるけど、なんだかんだで話してると楽しいし。一緒にいる時に話す内容といえば、氷室のアメリカにいた時の話とか、バスケの話とか、趣味の話や、どうでもいい話。


「………。氷室ってさあ、」

「、ん?」

「バスケ大好きだよな」

「え、」

「あー…」

いきなりどうした、と言うように氷室が俺を見る。うん、俺も今ちょっとびっくりしてる。思ってたことがそのまま口に出てしまった。
なんとなく恥ずかしくて、氷室から目を逸らす。

「いや、なんつーか…、…お前、バスケの話をするときすげえ楽しそうに話すんだよ。子供みたいに。俺バスケのことはよく分かんないけど、話聞いてる俺までバスケしたくなるくらい楽しそうな顔してるからさ。だからバスケが心底好きなんだなーって思った」

「……そっか、」

氷室はそれだけ言って、何故か物憂げに笑う。


「……」


ーーなんとなく分かった、女子の言う影のある表情がたまらないというのが。


不覚にも俺は、少しドキドキしている。




「っなあ、氷室!」

このままだとなんとなく気恥ずかしかったので、俺はその場の空気を変えるために無理矢理口を開く。
そして言ったその言葉が、とんでもない事態を引き起こすことになろうとは、思いもしなかった。


「俺、氷室がバスケしてるとこ見てえな!お前のバスケの話聞いてたら、なんか、お前がバスケしてるところ見たくなった!
…俺、全然お前のこと知らねえからさ、だから、
…お前のこともっと知りたい、な、なんて」

「……」

ふう、と言い切ってから一息つく。最後のほうはしりすぼみになってしまったが。勢いよく氷室に言いたいことを言ったから、今までモヤモヤしていたのがすっきりした、気がする。


「…よし、早く行こうぜ、お前先生に呼ばれてんだろ?

…氷室?」

歩き出そうと俺は足を進めようとしたが、氷室が俯いたまま、動かない。

「(俺なんか変なこと言ったかな…)氷室?おい、」

「なまえ」

「は、」

俯いたままの氷室に、がし、と手首を掴まれた。
そして次の瞬間、


ちゅ


「─……」



唇に柔らかい感触と、耳に入ってくるリップ音。それと、氷室の顔のドアップ。

そして、

「…好きだ」

顔を赤くして目を潤ませながらそう言う氷室に、俺は、手に持っていた日誌を、落とした。




(どうやら、)
(氷室の好きな人ってのは、美人な外人のねーちゃんでもなく学年で一番可愛い娘でもなく、)
(…まさかの俺?)