「………」
「…………」

どうしよう、氷室さんが怒っていらっしゃる。

一年の紫原に懐かれ(多分お菓子をあげたからだ)、抱きつかれ(そういえばなんであいつ俺の名前知ってたんだ)、勝手に氷室を怒らせといて「ばいばいなまえちん〜、頑張ってね〜」なんて言いながら帰りやがった。つーか逃げやがった。

部室の鍵を返して、それから寮に戻る途中。

紫原と別れてから、氷室と一言も喋ってない。

「(…これはまずい)」

このまま別れてしまったら、明日すごく気まずいじゃないか。それはなんとしても避けなければならない。付き合いはじめて一週間も経ってなくて、氷室のこと全然知らないのに、もし、万が一このまま自然消滅なんてしたら……

「(そんなの、絶対、嫌だ…)」
「なまえ」
「っあ、な、何?」

気づいたら俺の部屋の前だった。氷室の部屋はもうすこし先にある。
ってかまずい、まずいぞこれは!氷室さんまた明日って言う空気満々だよ!しかもなんでそんな無理したような笑顔なんだよ!見てる俺が辛くなる…ってそんな顔させてんの俺だうわあああ(パニック)

「じゃあ、またあし」
「っ氷室!」


そうして俺は「また明日」と言いかけた氷室の言葉を遮って、我慢できずに氷室の腕を掴んで、

「っなまえ…?!」

気づいたら自分の部屋に入れていた。



「………」
「なまえ……?」
「…ええと…」

…俺は一体何をしてるんだ…?

ちら、と氷室を見ればばちり、と目が合う。戸惑っているように見える氷室の頬が、心なしか赤い気がする。あーもうドキドキしてきた、イケメンはどんな表情になってもイケメンだから困る。何してんだ俺…ダメだ、直視できない。顔が熱くなる。

そのまま部屋の中で、しばらくの沈黙。
それが気まずくて我慢できなくて、俺は頭の中がまとまってないまま口を開いた。

「…なんつーか、その、お前が怒ってたから…謝んないまま別れんの、イヤだなって思って…気づいたら部屋に引きずりこんでた……ごめん」

やっぱりまとまらなかった。なんでこう、俺はボキャ貧なんだろう。辛い。

「…なまえ」
「はい…」

静かに俺の名前を呼ぶ氷室の声に、顔を上げる。

「…………ッ」

氷室は微笑っていた。その微笑みがとても綺麗で、どくんと心臓が波打つ。

あのさ、と氷室が口を開いた。

「抱きしめても、いい?」

「、え…」


この流れで、なんで?
と言いかけたが、言葉が出なかった。なんでだろう、分からない。
氷室の微笑みに毒されたかのように、頭の回転が鈍くなる。
言葉が出ずに、首を振った。もちろん肯定の意味を込めて、縦に。
途端、氷室に抱きしめられた。ふわり、と氷室の匂いに包まれる。

「っ、は……」

肩口に顔を埋められる。氷室のさらさらした髪が、くすぐったい。

「ひ、氷室…?」

ここは、背中に腕を回してもいいのだろうか。むしろ回すべき?いいかな、いいよな、付き合ってる、んだし

恐る恐る腕を背中に回す。そうしたら俺を抱きしめる力がより強くなった。悔しいが氷室の方が俺よりも背が高いから、他人から見ればきっと俺が氷室に抱きついているように見えるだろう。


「…俺、まだなまえのこと抱きしめたことなかったのに、」
「え」
「抱きしめたいってずっと思ってたのに、アツシに先越されたから、悔しくて…大人気ないよな」
「……俺を抱きしめたかった、から」
「…うん」

怒ってた訳じゃないんだ、と氷室は苦笑する。
その言葉によかった、とホッとした。と同時に、キュンときた。なんだ、抱きしめたかったって、紫原に先越されたから悔しくてって…なんだろう、かわいい。

「…あー、でも、それなら、もっと早く言ってくれればよかっただろ」

いつでも抱きしめられてやるのに、ただし人のいない場所で、と言えば氷室はふふ、と妖しげに笑った。

「誰もいないところでなまえにそんなこと言われたら、俺止まらなくなっちゃうよ」
「…………。」

どこかエロさを漂わせながら目を細める氷室を見て、俺は悟った。
俺は、絶対に掘られる側だな、と。