これのネタから


時刻は深夜0時過ぎ。しんと静まり返り、明かりの消えた住宅街の細い裏道をとぼとぼと歩いていく。街頭がまばらに立つこじんまりとした道は暗くてどこか陰気くさく、細い道の真ん中を歩く俺の足取りは重い。夏から秋の変わり目だからかところどころから虫の鳴く音がして涼しげだが、そのくせ肌に当たる空気は昼間の熱っぽさを孕み、湿気てうざったらしかった。
今日も今日とて残業だ。残業がない日は基本的にないけれど、それでも今日のは長かった。今の状況を言葉にするならマジでげっそり。ここのところ休む間もない日がずっと続いている。今日何連勤目だっけ? 忘れたわ。
専門を卒業してから就職した初めての美容室で、長らく続いたアシスタント職をようやく卒業し、ジュニアスタイリストに上がらせてもらったのはつい数日前のこと。ようやくお客さんを取れる! と、その時の俺は相当喜んだ。浮かれて夕飯を買いにコンビニまで行く道をスキップしていったくらいである。
だが、浮かれ気分だったのは束の間だった。タイミングが良いのか悪いのか、そのタイミングでお客さんの波が直撃したのだ。
今は季節の変わり目、だからちょっとイメチェン〜とか、気分転換しよ〜とかそういう感じのお客さんがたくさん来るのは分かるし、勿論お店的にはありがたい。けれどそれにしたって波がありすぎだった。ここ一週間、捌いても捌いても客が途絶えることがなかったのである。
目が回るほどの忙しさにテンパリ、念願のヘアカットに更にテンパりまくり……、ともかく散々だった。ジュニアに上がっただけなのに仕事の量も求められる質も全く違う。スタイリストってこんなに大変なのか、と昇格して十日もしないうちに挫折気分を味わった。そして連勤残業で擦り減った俺の体力とメンタルは共に限界を迎えている。つまり死にかけだ。
特に今日は酷かった。接客でうまく会話はできないし細かいミスはするしで、更にはクレーム入れられてメンタルが死んでいるところにとどめとばかりに店長に「今日はアシスタントが一人しかいないから閉店後の片付けよろしく」って言われたし…いや、やったけれども。俺だってついこないだまでアシスタントだったし、一人だけで片付けせさせられる苦しみも知ってるから手伝ったけどさ。
頭の中では本日のやらかしてしまった恥ずかしい失敗の数々が永遠とループしている。それを振り払うように頭を振って、カンカンとアパートの鉄筋の階段を上がっていく。ああ、足が鉛のように重い。

「好きなことを仕事にできてるんだから、贅沢言うべきじゃないな…」

夢が叶わない人だっているんだから、俺は恵まれている。せっかくジュニアスタイリストまで来たのだ、あともう少しで一人前なのだから、がんばろう。

「あー疲れた。しんど」

とはいえだ。疲れたものは疲れたのである。それこそ弱音をぽろりと吐き出してしまうくらいには。でも明日(というか既に今日だが)は待ちに待った休みの日だ。昼まで寝たらゲームをして映画を観て、優雅な休日を過ごそうじゃないか。まずは冷蔵庫に大切にしまっておいた俺の大好物を食べて……、と頭を切り替え、始まったばかりの休日プランを考えながらドアを開けた。が。

「………」

見覚えのある靴が二足、狭い玄関に脱ぎ散らかされている。視線を上げた先、消していったはずのリビングの明かりも点いているし、なんならテレビの音もする。
──まさか。

「おーなまえ、おかえりい」
「遅かったな」
「…………君たちね………」

悩みの種が増えた。
ひょっこりと居間から顔を出した二人の兄弟に、リアルに頭を抱えそうになった。

「はあ〜〜…………」

脱力とともに思わずクソデカため息が漏れる。年下の前で大人気ないけど、俺はいま最高にゲンナリしているんだ。これくらいは許せ。だって俺を出迎えたやつの一人が帰ってから唯一の楽しみにしていたコンビニスイーツを頬張ってやがるんだ。俺の密かな楽しみが一気に萎んでいったんだ。この瞬間俺のMPはゼロだよちくしょう。

「疲れてんなぁ」
「そりゃあね、三日連続深夜残業突入ですからね……ようやく休めると思ったら君たちいるしも〜〜……」

兄の間延びした声に力のない返事を返しつつ、スニーカーを脱ぎ捨て二人が待つ居間へと進む。クーラーがガンガンに付けられた部屋はひんやりとして涼しかった。人ん家だと思ってちょっとは遠慮してくれないだろうか。誰が電気代払うと思ってんだこの子らは!

「気ィ遣うなって、来たいから来てるだけだし」
「そういうことじゃないんだよ……」

そう言って俺の肩を叩いた弟は、俺に至福のひとときをくれるはずだったコンビニスイーツを頬張っている。もぐもぐ美味そうに食べやがってちくしょう。兄はといえば、俺を出迎えたと思ったらすっかり寛いだ体制でソファを占領し、その長い脚を思う存分伸ばしている。
どさりとリュックを床に放って、げんなりとした気分で目の前の二人を見つめる。
俺は早く休みたいのに、君らの相手しなきゃいけないのが嫌なのだ。
黒髪に金色のポイントカラーが入ったロングヘアをみつあみにまとめた兄蘭と、くせっ毛の金髪に薄緑のメッシュを入れた弟竜胆。
この見た目が中々にスタイリッシュな兄弟は灰谷兄弟というのだが、元々は俺がアシスタントの頃、カットモデルを募集していた時に付いてくれたお客さんである。その二人がなぜ俺の家で、しかも完全リラックス状態で寛ぐまでの関係になったのかというと、話せば長いのだが……。一言で言うなら懐かれたのだ、と、思う。たぶん。



アシスタント時のカットモデルは大体が家族や友人、知人に頼んだりすることが多い。だがこの兄弟と俺は、この時全くの初対面だった。

「すみません、今日はお店休みで…」
「アンタがなまえだろ?」
「え?」
「カットモデル募集してるって聞いた。切ってくんねえ?」

どこから聞き及んだのか。一年半ほど前、休日返上で店でウィッグカットにいそしんでいた俺のところにやってきたのは竜胆くんが先だった。

「あれ、誰から聞いたんですか? もしかして三ツ谷くんの知り合い?」
「あ? 三ツ谷?」

おかしいな、今日は誰か来るとは聞いていなかったはずだけど。突然の来訪にテンパリつつも聞いてみれば、彼は僅かに眉を寄せる。が、数拍置いて「あーそう、知り合い。紹介された」という返事が返ってきた。なんだか怪しい。
片耳にピアス、丸眼鏡をかけ、特攻服らしき黒い服。くせのある金髪に、前髪を上げておでこをさらした目の前の彼は、明らかに三ツ谷くんたちと同類だ。三ツ谷くんのツテで不良の子のカットモデルが増えているから分かる。三ツ谷くんでなくても、もしかしたら彼の友達からの紹介だろうか? ともう一度頭の中の記憶を漁ってみるが、やはり彼らからは誰かしら来ると聞いた覚えはない。

「あの…すみません、今日はちょっと…」
「ちょっと? 今日オレが行くの連絡しとくって言われたけど、三ツ谷に」
「え、いやでも、」

渋ってみたが気にする素振りもなく、「連絡もらってねーの?」と彼はするりと俺の横を通り過ぎ、誰もいない店の中に入っていく。そして真ん中の席に座り、椅子をくるりと回して俺の方へと体を向ける。切ってもらう気満々じゃないか。

「…あの、すみません、来てもらえたのは嬉しいんですけど、君と俺、初対面ですよね? 三ツ谷くんから何も聞いてなくて…。俺まだアシスタントだから見てくれる先輩が必要だし、それに初対面の方はちょっと……」
「………」

年下であろう少年を前にして、俺は内心かなりビビっていた。だって、初対面でどう見てもヤンキーな彼のカットを失敗したら果たしてどんな目に遭わされるか…と正直怖かったのである。それに多少気心が知れた仲の方が俺としてもやりやすいし、知り合いじゃないとしても紹介だと事前に聞かされていた方が緊張が減る。カットの経験を重ねて少しでもジュニアスタイリストに近付きたかった俺だが、この時ばかりは彼のカットをするのは回避したかった。なんとか丁重に断ろうとして一通り理由になっているのかなっていないのか分からない言葉を並べる俺に対し、彼は「ふうん」、と一つ漏らし。

「アンタ、名前は?」
「え……みょうじなまえですけど……」
「オレ、灰谷竜胆。これで知り合いだろ」

と、かなり端的な自己紹介をされた。そして彼は「まだ何か問題でもあるのか?」というふうに片眉を器用に上げる。思えば彼が店に来た時から拒否権はなかったのである。
こうして、俺は中々強引な運びをされ彼のヘアカットをすることになった。ビビりながらカットをしつつも何とか上手くまとめあげた俺はマジでよくやったと思う。

「こんな感じにしましたけど……どうですか?」
「………おう、いいんじゃねえの」

仕上がりを一通り吟味した竜胆くんは満足げに頷いて、「サンキュ」と一言お礼を残して帰っていった。その背中を見送ってから、大きなため息を吐いて「これで終わった」と、その時の俺は安堵した。
が、終わりではなかった。
それから事あるごとに彼はやってきた。例えばヘアアレンジをしてほしいとか、メッシュの色を少し変えたいとか、そういうちょっとした理由である。こちらとしては練習にもなるしありがたい気持ちではあるのだが、それにしたってこうも何回も来られると、不思議を通り越してちょっと訝しむ気持ちが湧いてくるものだ。
それが数回続いたある日のことだ。今度は兄の蘭くんがやってきた。

「あんたがなまえ?」
「はい?」
「ウチの弟が世話になってるって聞いたんだけど」

閉店後の締め作業をしていた時のことである。開けっ放しの扉をノックされ振り向けば、そこには金色をポイントで毛先に入れた黒髪をみつあみにまとめた少年が立っていた。

「弟?」
「灰谷竜胆、オレの弟。ヘアカットしてんだろ?」

それから「オレは蘭」と自己紹介をして店に入ってきた蘭くんを見て、なるほど確かに言われてみれば瞳のあたりが似てるなと思ったのは懐かしい。
同時に、感情の読めない笑みを向けられてちょっとだけ薄ら寒い何かを感じたのもよく覚えている。

「……あの、それで……。お兄さんが俺に何か?」
「いいや、別に。どんな奴なのか見に来ただけ、……だったんだけど」

そう言って薄く笑った兄は、モップを持って固まったままの俺に近づいてくる。その笑みは不気味だ。果たして俺はお兄さんを怒らせるようなことを弟くんにしてしまったのだろうか。いや、髪切ってるだけなんだが……?! もしかして俺はボコられるのかと、背中に冷や汗がじわりと滲み、本格的な恐怖を感じ始めた時だった。目の前まで来た兄は、俺を見つめてこう言った。

「なあ、オレの髪も切ってよ」
「…………は?」
「明日また来るわ、そん時切って。あ、なんならカラーも追加で」
「は、いやあの、そんないきなり」
「あ〜、竜胆ん時みたいに断んの? つうかさっき自己紹介したじゃん、オレ灰谷蘭。おまえはみょうじなまえ。ハイ、これで知り合い」
「は、……………」
「これでも足りねえのかよ? じゃあ、竜胆から紹介されたって言えばいい?」

そういうことではない。そう思ったが言えるわけがなかった。
兄は弟よりも怖いし強引だった。口ごもる俺を置いてけぼりにして淡々と話を進めていき、拒否権はありませんというような口調で「明日の夜また来るわ、じゃあな」とそう告げて、その日蘭くんは帰っていった。そして次の日本当に来てマジか……とため息を吐きたくなった。

「……こんな感じになりましたけど…どうですか?」
「……ん、いんじゃねえの?」

弟の時と同じように、ど緊張する中でヘアカットとカラーをこなした俺は本当に、本当によくやったと思う。そして出来栄えを気に入ってくれたのか、蘭くんも竜胆くんと同じように事あるごとに店に来るようになった。
これが灰谷兄弟が俺のカットモデルになってくれたいきさつである。今思えば、この時点で彼らに気に入られていたのだろう。だって大した用でもないのに俺に会いに店に来るくらいなのだから。

「よおなまえ」
「竜胆くん、蘭くんも。また来たの?」
「おー。暇だからな」

彼らのカットを数回こなして話をしていくうちに、どうしてこう何回も来るのかと、彼らが来る度に抱いていた訝しむ気持ちはいつの間にか消えていった。そしてその頃には、兄弟の二人は俺が遅番の日に店に遊びに来るようになっていた。大体は俺が一生懸命店の掃除をするのを側から見ながら二人が雑談、俺がウィッグカットするのを眺めながらまた雑談である。最初は兄弟にビビっていた俺もこの頃にはすっかり慣れて、楽しく笑いながら会話をするようになっていた。今まで一人居残りで練習していたから、話し相手がいきなり二人も増えて嬉しかったのもあると思う。
こうして深夜の交流を重ね、俺と灰谷兄弟はかなり仲良くなった。店を閉めた後たまにヘアアレンジの練習台にもなってもらったりもしたし、帰りにコンビニに寄ったり、買った夜食を公園で食べてまた駄弁る…なんてことが増えていった。深夜に駄弁って適当に時間を過ごすなんて学生時代以来のことで、あの頃の若かった自分に戻れたような気がしてちょっと懐かしい気持ちになったものだ。まあ、この時は専門を卒業して一年くらいしか経っていなかったのだけど。
とまあ、出会いこそ少し怖いものだったが、なんだかんだで彼らとはそれなりに、いや、かなり親しい間柄になっていった。ここまではいい。ここまでだったら少し年下の友人たちができてハッピー、で終わるのだ。
だが、境界線を越えてしまったのがこの後だ。
彼らを家に上げてしまったのである。
何の理由かイマイチ覚えてないが、とにかく俺は兄弟を我が家へと案内してしまった。
で、一回家に上がらせたが最後、彼らはこれでもかというほど家にやってきた。

「おーいなまえ、いねえの?」
「ちょっと蘭くん、呼び鈴を高速連打するなって!」
「あ、いるじゃん」
「どこ行ってたんだよ」
「コンビニだよ……ていうか二人ともまた来たの?」
「まあな、おまえが寂しがると思って」
「いやあのね蘭くん………」
「あ、また昼飯カップラーメンかよ、シケてんなあ。オレのデザートは?」
「あるわけないだろ! あ、っちょ、竜胆くん?! おいコラ袋を返せ!」

とまあ、大体こんな感じである。二人はアパートの前で待ち伏せる、家に押しかける、居留守を使っても俺が出るまで呼び鈴の高速連打を繰り返す、等々…かなりの迷惑行為を重ねてきた。兎にも角にもめちゃくちゃ図々しい。元から強引なところはあったが、それがかなり顕著に現れた瞬間である。それがしばらくの間続き、あまりにも度を越して家にやってくるので色々とめんどくさくなりついに合鍵を渡してしまったのだが、それからは遠慮がマジでなくなった。勝手に風呂に入るわ洗濯はするわ料理はするわ俺のベッドで寝るわで、とにかく自分の家のようにやりたい放題である。歯ブラシが増え、服も増え、二人の私物が色んなところに転がり、俺の家は灰谷兄弟によりすっかり占領されてしまった。合鍵を渡したのが全ての間違いだと気付くのには遅すぎた。今では二日に一回は兄弟どっちか、あるいはどっちもが家に来るしいる。いつの間にか俺の生活にぬるっと入り込んでいるところがもうなんていうか怖い。その代わりなのかなんなのか、兄弟で住んでる家の合鍵を渡されたのだが、彼らがあまりにも家に来るので俺は一回も行ったことがない。ちなみに家は六本木にあるらしい。なんだよ金持ちかよ。

──とまあそういうわけで、俺はすっかり灰谷兄弟に懐かれてしまった(?)わけだ。正直寄生されているという表現の方が正しい気もするが……。ああ、どうせ懐かれるなら可愛い姉妹が良かったな……。三ツ谷くんとこの姉妹とかさ……。

「おいなまえ、大丈夫かぁ? 遠い目してンぞ」
「…いやあね、君らとの出会いを思い出してたんだよ……どうしてこうなったのかなって……」

半笑いの蘭くんからの言葉に顔を覆ってはあ、と再びのため息を吐く俺。それに「こりゃあ相当キてんな」と竜胆くんがぽつり。そうなんだ、相当キてるんだ。頼むから頭を悩ませるようなことはしていてくれるなよ。もう遅いけど!

「じゃあ今日は蘭ちゃんが一肌脱いでやるよ」

そんな疲労困憊状態の俺を見て何を思ったのか、蘭くんが「しょうがねえなあ」と立ち上がる。一肌なんて脱がなくていい、大人しくしていてくれ。何をしでかすつもりなのかとのろりと蘭くんに目線を遣れば、彼は徐に腕を広げた。

「は?」
「ほら、なまえ。おいで」
「…………」

「おいで」じゃねーんだよな………。ふざけんな……。
と思ったが、疲労とストレスで麻痺した頭では、拒否することも突っ込むことも選択肢には浮かんでこなかった。

「あ、行くんだ」
「マジで来るとは思わなかったわ」

そんな兄弟の言葉を無視し、無言でのろのろと蘭くんの元へ歩いていって、そのままぽすりと体を預ける。背中に腕が回って抱きしめられたと思ったら、そのままぽんぽんと背中を優しく叩かれた。あやすんじゃない。

「…帰る気ないな、君ら」
「うん」
「ない」
「……いいよもう、どうせ俺のこと待ってたんだろ」

いつ来たのかは知らないが、いつもは「帰りが遅え」とか何とか文句を言ってくるくせに、こういう時は何も言わないのは彼らなりの優しさなのか。なんて都合良く考えて蘭くんのジャージに顔を埋める。髪を降ろした蘭くんからは、俺の普段使っているシャンプーの匂いがする。こいつ、また俺に無断で風呂入ったな。

「俺が一生懸命仕事してる間に君らは俺ん家でそれはもう寛いでるし…」
「皿洗っといたぞ」
「兄貴じゃなくてオレがな」
「らーんーくーん、君何もしてないじゃん」
「こうして癒やしてあげてるジャン」
「癒されてんのかなあ俺……」

「自分から寄ってきたくせに、」と蘭くんは笑う。それはそうだ。でも何か納得がいかない。

「う〜……楽しみにしてた俺のデザート、竜胆くんは食っちまうしさぁ」
「はあ? っ、」

蘭くんの体越しに手を伸ばし、竜胆くんの口端に付いていたクリームを指で拭って口へと運ぶ。人肌に温まっているからぬるいけれど、この甘すぎないきめ細やかなクリーム、最高に美味い。ああ、スポンジ部分も食べたかった……。蘭くんの肩に顔を預けてうなだれると、竜胆くんはそのつり眉を不服そうに寄せた。

「たかがコンビニスイーツだろ……」
「たかがってなんだよ俺はそれが好物なんだよ、家帰って食うの楽しみにしてたのに……」
「あーもううるせえな悪かったって。同じヤツ買ってくる、それでいいだろ」
「気をつけろよ……」
「誰に言ってんだよ」

ウケる、とか言いながら竜胆くんが鍵を持って出て行く。ばたん、玄関が閉まる音。深夜のバラエティ番組の音が流れる室内。部屋の真ん中で野郎にあやされている俺。側から見ればかなりヤバい光景である。なのにふんわりと心地よい気分になってきた。瞼が重い。

「……うう、眠くなってきた」
「おねむちゃんか?」
「だって君あったかいんだもん………」

それに絶妙な優しさとタイミングで背中ポンポンしてくるし。不良なのに。
「いいよ、寝ちまいな」、「おつかれ」。蘭くんの柔らかい声がぼんやり遠くから聞こえる。ああ、年下にあやされる俺って、一体なんなんだろうなあ………。

「おやすみ、なまえ」

竜胆くんのこともこうやってあやしていたのかな。そんなことをぼんやり考えていたらいつの間にか俺は寝落ちていて、翌朝竜胆くんの作る朝食のいい匂いで目が覚めたのだった。



20210913