付き合い出した時空




「えっっっっちょっと待ってなんで言ってくれなかったの??!!!」

いつもの帰り道での別れ際、乾くんに「今日、オレ誕生日なんだ」と告げられて自分家のマンションの前で絶叫した。通行人が俺を訝しげな顔で見たがそんなこと気にしていられない。

「聞かれなかったから……」
「いや聞かれなくても自己申告してよ!!」
「今した」
「遅いよ!!」

何でよりによって別れ際なんだよ! ていうか何で俺は恋人の誕生日を知らないんだ! ちゃんと調べるなり本人に聞くなりしとけばよかった! なんて後悔してももう遅い。なんせ乾くんの誕生日はすでに半分終わっているし、今俺の手持ちで乾くんにあげられるものは何もない。

「ごめん…後でちゃんと誕生日プレゼント贈る」

あまりのやるせなさに脱力して地面にへたり込みそうだった。初めての誕生日イベントはしっかりお祝いして、乾くんにたくさん喜んでもらって……なんてしっかり妄想していたのに現実はこのザマだ。

「…………みょうじ、」
「うん……?」
「オレ、今、欲しいものがあるんだけど」
「…え、っ何言って! あげる! あんまり高いものは買えないけど俺頑張るよ!」

だが、しょんぼりしんなりしてうなだれる俺をフォローしてくれるつもりなのか、乾くんが控えめにおねだりをしてくれた。この際フォローのつもりでもなんでもいい。乾くんが欲しいもので俺があげられるものはなんでもあげるつもりだ。
ふん、と鼻息荒く意気込む俺に、乾くんは躊躇いがちに、でも俺を見つめて小さく口を開く。

「みょうじから、キス、してほしい」
「…………え、」

乾くんの欲しいものは、俺が思ってもみないものだった。

「そ、……それでいいの?」
「うん、それでいい」

困惑する俺を他所に、ほんのり頬をピンク色に染めた乾くんが、ぽそりと言って確かに頷く。その表情を見た次の瞬間には、衝動的に乾くんの手首を掴んでエントランス脇の自転車置き場へと連れ込んでいた。
茂みに覆われているため、誰かが来ない限り殆ど人目につかないこの場所は、最初に乾くんに連れ込まれた時から手を繋いだり、ハグをしたりと俺たちが恋人らしいことをする恒例の場になっていた。
自転車置き場の一番奥、茂みが壁になって入り口からは見にくい場所まで来てその手を離す。向かい合わせの状態になると、俺よりも幾分背の高い乾くんがどこか期待した表情で俺を見つめていた。

「じゃあ、目、閉じて」

硬い声だ。自分でもそう思う。あからさまに緊張を見せる俺に乾くんは笑うこともなく、俺の言う通りにす、と目を閉じた。うわ、まつ毛長……。改めて見ると乾くんは本当にきれいな顔をしている。ずっと眺めていたいけれど今は我慢だ。何せいつ人が来るか分からない。
……誰かに見られてもおかしくないのに、外で隠れてこんなことを、なんて。緊張で余計なことを考えてしまって、ますますいけないことをしている気分になった。そんなことも相待って、俺の心臓はどくんどくんとバイクのエンジン音並みに音を立てる。どうか乾くんには聞こえていませんように、そう願いながら勢いに任せて顔を近付ける。
ちょん、と唇と唇が触れ合った。ふにゃり、乾くんの口はそんな効果音がしそうなほど柔らかくて、それを実感したら身体中が沸騰しそうなほど熱くなって、次の瞬間には唇を離してしまっていた。

「た、誕生日おめでとう」

変に吃ってしまったしもうちょっと唇を合わせておけばよかったと思ったがもう遅い。乾くんは満足してくれるだろうか。今度は別の意味で心臓がどくどくと脈打つ。エメラルドブルーの瞳に、茹で蛸のような顔をした俺が写っていた。

「…ありがとう」

結果として、乾くんは喜んでくれた。
内側から自然と湧き出すように、花がふわりと咲くように。嬉しそうにはにかんだその微笑みは、俺が今までに見た乾くんスマイルの中で飛び抜けてきれいなもので。それを俺に向けてくれていることがどうしようもなく嬉しくて、俺の体は勝手に動いて乾くんを抱きしめた。いきなり抱きつかれて驚いたのだろう、乾くんの体は一瞬硬直したけれど、やがてそろりと俺の背中に腕が回る。それがまた嬉しくて、乾くんの肩に顔を埋めたまま、俺の頬はゆるゆると緩みっぱなしになってしまう。
乾くんの匂いに包まれて、体がぽかぽかと温かくなる。乾くんの制服から、柔軟剤のいい匂いがする。

「…こちらこそ、ありがとう」

乾くんの温もりを感じながら、感謝の言葉がこぼれ出た。
俺に話しかけてくれてありがとう、あの時の俺の「俺も好き」という言葉を勘違いしてくれてありがとう、手を繋ぐ勇気を出してくれてありがとう。
今俺がこうして乾くんの誕生日を祝えているのは、彼が一歩歩み寄ってくれたおかげだ。だから俺も、乾くんのしたいことややりたいことに、たくさん応えてあげたい。
照れ臭さが滲み出る笑みを漏らすと、それに釣られるように乾くんの口元も緩む。

「来年も、また祝わせて」
「……うん」

付き合い始めて数ヶ月で既に一年先の話をするなんて自分でも相当惚気ていると思うけれど。それでもやっぱりまた来年も一緒に居られたらと、そう願わずにはいられないのだ。