=監督生 攻めでも受けでもどちらでもお好きなように
「ね、なまえ。今日、なんの日か知ってる?」
空が高くなり、夏の暑さも収まって涼しさを肌に感じ始めた9月下旬。昼間だというのに眠気でしぱしぱする目を擦りながら鏡を潜り、着いた先のハーツラビュルの石畳をのそのそと歩いていた矢先、にこにこにやにや顔のエースが現れてからの開口一番の言葉がそれだった。
「うん、知ってる。エースの誕生日だろ?」
おめでとう。喉をつっかえずに言えたお祝いの言葉にエースは一瞬目をぱちくりと瞬きさせて、それから嬉しそうにはにかんだ。
「なんだ、覚えててくれたんだ。サンキュ」
「そりゃあエースは俺のマブだしね」
そう、今日はエースの誕生日。そしてケイト先輩を筆頭に計画したエースの誕生日パーティーの日。サプライズということでエースに見つからないようこっそりと会場に向かうはずだったのだけど、普通に失敗してしまった。見つかってしまったのはしょうがない、なんとか適当に誤魔化そうと口を開く。
「誕生日だって、わざわざそれを俺に言いにきたの?」
「違うって、ふつーにフラミンゴの餌やり当番。ちょうど終わった時になまえとグリムがでっけえあくびしながらこっち来るの見かけたからさ」
「見てたのか……」
「オマエのあくびデカすぎなんだゾ、オレ様にも移っちまったじゃねーか」
「つか、なまえとグリムは何しに来たの?もしかしてオレの誕生日祝いに来てくれた?」
「ん、まあ、そんな感じ」
そんな感じではなくモロそうなのだが、一応サプライズなのでバレるわけにはいかない。ボカした俺にマジで?とエースは目を瞬かせる。
「意外だった?」
「いや、わざわざ祝いに来てくれたんだと思ってびっくりした」
「マブの誕生日だからな。ちゃんと祝いたくて」
「オレ様もなんだゾ!エースの誕生日を祝ってやるんだゾ」
ニャハハ、と肩の上のグリムがご機嫌に笑う。まあ、グリムは誕生日を祝うというよりもパーティーの食べ物狙いというのが丸わかりであるが。俺もハーツラビュルに来たのは正確には誕生日パーティーに招待されているからなのだが、パーティーがなくても祝いには行っていただろうし強ち間違いではない。俺の言葉にエースは頬を緩ませて、じゃあ、と口を開いた。
「今日はオレが主役の日だし、何かお願い事聞いてよ。カントクセーくんにはなにしてもらおうかな」
「なんでもいいけど、それ今日が終わるまでに決まんの?」
まあすっぱり色々とすぐ決めるエースのことだし、最初から決まってそうだけど、と思いつつ聞いてみるが、エースは答えず代わりにに、と悪戯っぽく笑う。
「ま、楽しみにしてて、なまえ」
「、うん」
どうやらまだお願い事は秘密らしい。楽しみにするのは寧ろエースの方ではないのかと思ったが、それは突っ込まないでおく。そうして行こうぜと俺の腕を引くエースにされるがまま、彼のためのサプライズが待つ会場へと一緒に向かうことにした。
エースの誕生日プレゼントのことをぼんやりと考え始めたのは、誕生日から約一ヶ月前のことだ。それより少し前、クラスメイトと誕生日がいつかなんて話になってエースの誕生日を知った。その時はふうん、なんて思っただけだったけれど。この世界の大切な友人の一年に一度しかない特別な日を、俺は次の年も祝えるかどうか分からないかもなんて、ふとした時にそんなことが頭を過ぎって、祝えるうちにちゃんと祝いたいと思ったのだ。
そうして。何を贈ればいいか非常に悩み、悩んで悩み抜いた末にエースの好きな食べ物を作ることに決めた。物を贈ることも考えたけれど、贈るものによっては避けた方がいいものもあるらしく(例えばハンカチを贈る、なんかは「別れ」を意味するらしい)、途中から形に残るものを贈ることを諦めた。で、最終的にチェリーパイを作ることにした。とてもベタだがきっとハズレはしないだろうという結論だ。ちなみに食い意地の張っているグリムの後押しもある。
エースの好物を作ると決めてから、俺は早速行動に移した。お菓子なんて今までの人生でほとんど作ったことがない俺がいきなりチェリーパイを作るというのは自殺行為なので、お菓子作りの名人、トレイ先輩にチェリーパイの作り方を教えてくれと頼み込んだ。お菓子作りの練習に付き合ってもらうことと、エースに秘密にしてもらう代わりにトレイ先輩のパシリ(手伝い)をたくさんすることになったが、それも今では良い思い出である。結果徹夜ぶっ通しかつパーティーぎりぎりの時間になってしまったけれど、お陰でそれなりのパイを作ることができた。トレイ先輩に感謝だ。パイは後でオンボロ寮から持ってくるとして、それでなんとかなるだろう。ハーツラビュル寮に向かう俺は重い目蓋をこすりながらエースに喜んでもらえるといいな、なんてうきうきそわそわしていたのである。
それがついさっきまでの俺。だが、パーティー会場に着いてテーブルに並べられた数々の料理を目にした瞬間、俺はある盲点に気付いてしまった。
エースの誕生日パーティーをやるなら、そこに当然エースの好物も並ぶことに。
「……めちゃくちゃ美味い………」
サプライズが成功し、招待された面々ががやがやと思い思いに騒ぐ喧騒の中、口に広がる濃厚なチェリーの味と、サクサクと香ばしいパイ生地を噛み締めながらしみじみ呟く。
盲点その1。トレイ先輩に教えてもらい、付け焼き刃状態で作った俺のチェリーパイと、先生であるトレイ先輩が作ったチェリーパイがどっちが美味いかなんて分かりきっている。トレイ先輩のパイはすごく美味しい。俺が作ったのとは比べ物にならないくらい、味も見た目も良い。
盲点その2。誕生日パーティーでめちゃくちゃお腹いっぱい食べるだろうし(現にエースは現在進行形で美味しそうにパクパクと好物を頬張っている)、このパーティーが終わる頃には俺のチェリーパイがエースの胃袋に入るスペースなんて殆どないだろう。
結論。これでは俺の作ったチェリーパイの意味がない。トレイ先輩と比べて味も見た目も劣る俺の「それ」では、エースに喜んでもらえるかどうかも分からない。何故気付かなかったんだ。俺は馬鹿か。
トランプ型のクッキーも、大きなバースデーケーキも、チェリーパイも、テーブルに所狭しと並べられたメニューの数々は何もかもが美味しいのに、気持ちはどんどん落ち込んでいく。
ああ、こんなことなら普通に物のプレゼントを買っておけば良かった。そんなことを考えても、もう作ってしまったのだからどうしようもないのに。
「なあなまえ」
「うおあッ?!」
はあ、と小さくため息が漏れた矢先、突然真横から声を掛けられて思い切り体が跳ねる。反動で手からパイが滑り、ぼとりと皿に落っこちた。ばくばくする心臓を手で抑えながら横を見れば、俺の反応に怪訝な顔をする本日の主役。白のスーツに黒いシャツは中々様になっていて、ご丁寧にバースデーボーイのたすきを掛けている。
「ビックリした……」
「いやビックリしたのはこっちだわ。大丈夫かよ」
「ごめん、ちょっとぼーっとしてて……。何か用だった?」
「そ、パーティー終わったらオンボロ寮に行っていいか聞きたかったんだわ」
「え、あ、……分かった」
頷いてからへらりと笑う。上手く笑えているか分からない。幸いエースは気付かないでくれたようで、やったと目を細めて笑った。それからまるで内緒話をするかのように、俺の耳元に顔を寄せて。
「なまえにしてもらいたいこと、実はもう決めてんだよね。でもお楽しみは後に取っとこうと思ってさ」
「え、」
それはつまりどういうことだと言いかけたけれど、クラスメイトに呼ばれる声にエースが反応して、じゃあまた後でと俺の背中を軽く叩いて離れていく。遠ざかっていく背中を自然と目が追って、誰かと楽しそうに笑うエースの横顔を見つめてしまう。
心を晴れやかにして祝うべき日のはずなのに、反比例のように俺の心は重く沈んでいった。
○
終始重い気分のまま過ごしたパーティーが終わり、エースのお願い通りオンボロ寮に一緒に帰る頃にはすっかり夕方になっていた。ちなみにグリムはたくさん食べてお腹いっぱいになったらしく、「食後の昼寝するんだゾ!」と一足先に寮に戻ってすやすやお昼寝タイムである。
結局、エースのプレゼントのことはもう起こってしまったことなので、しょうがないと気持ちを切り替えることにした。ら、だいぶ気持ちが楽になった。帰り道にエースと話していたらそんな気持ちにさせてくれたので、本人に感謝だ。今はあのチェリーパイは渡さずに、後日別のものをあげるという結論に傾いている。
「めっちゃ美味かったー、オレもう腹いっぱいだわ」
「俺も、食いすぎて明日1日なにもいらないレベル」
駄弁りながら寮の中を進んで行った先、談話室のソファに同じタイミングで座り込む。ふう、と一息吐いて、お茶でも淹れようか、淹れるならなににしようかという話をしていた最中だった。そういえばさ、と思い出したようにエースが俺を見る。
「なまえは俺に誕生日プレゼントとかないの?」
「……。」
きた。聞かれませんようにと思ってたけど案の定きた。最悪作ったチェリーパイは俺とグリムで処理して、後でエースの好きそうなものを買って渡そうと思ってたのにこのタイミングである。これは言えってことか、そういうことか。エースの真っ赤な瞳から目を逸らしつつ、あー…と歯切れの悪い声を出していたけれど、何となく、嘘を言うのは憚られて。諦めて正直に言うことにした。もういい、どうにでもなれ。
「…あるよ」
「え、マジ?」
「マジ。でも、喜んでもらえるか自信ない」
「おいおい、それを決めるのはオレだって。見せてよ、なまえのオレへのプレゼント」
「……分かった。ちょっと待ってて、持ってくる」
「おー」
さっきまで切り替えできていたはずなのに途端に重くなった腰を上げ、キッチンの方へとのろのろ向かった。粉だらけのキッチンカウンターの上にある、ケーキカバーを被せただけで置きっぱなしにしていたそれを持って、談話室へ。僅かな距離なのに、足を進める度に不安が胸を覆っていく。
「…ほら、プレゼント」
そして、俺が両手に抱えているものをエースが確認したとき、彼は何かを察したような表情をした。それに何も気付かない振りをしてテーブルにプレゼントを置く。透明なケーキカバーを外せば、チェリーの濃厚な匂いが鼻腔を擽った。空腹のときならまだしも、胃が満たされた今ではその匂いは甘ったるすぎる。
「………これ、なまえが作ったの?」
静かな沈黙。数拍の空白の後、エースが目をぱちりと瞬かせ、不格好で歪なチェリーパイを見つめたまま、ぽつりとそれだけ口にした。
「……うん」
首を縦に振って、肯定する一言だけで良かったのに。何を思ったのか俺の口は言い訳じみた言葉をつらつらと吐き出していく。止まって欲しいのに、止まらない。
「……トレイ先輩に教えてもらったんだけど、やっぱり先輩ほど上手くはなんなくてさ。見た目不格好だし、味もそうでもないし。それにエースは今日散々チェリーパイ食べただろ?だから別に無理して食べなくていいよ、これは俺とグリムで食べるし、エースには後で別にプレゼントあげようかと」
思ってるから。そこまで言うか言わないかのところで、衝撃と共に言葉が止まった。
エースに抱き締められている。温もりとふわりと甘い匂いに包まれて、首筋には彼の毛先が掠れている。
状況を理解した瞬間、心臓が大きく波打った。どうして、なぜ。動揺がそのままエースを呼ぶ声に出る。
「え、エース、」
「……嬉しいに決まってんじゃん。今日一番嬉しい」
顔は見えない。けれどその声は、何かを噛み締めるような、振り絞るようだった。俺を抱き締める腕の力が強くなる。
「オレのために作ってくれたんでしょ?わざわざトレイ先輩に教わって、時間かけてさ」
「……うん、」
「これはオレのだから、グリムにもやんねーし。つーかお前がプレゼントくれるだけですげー嬉しいのに、お前がそんなこと言うなよな」
そこまで言って体を離される。照れ臭そうに眉を寄せ、けれど俺を真っ直ぐに見つめるエースの顔は真っ赤で、それこそ彼の赤い髪色と同じくらい染まっていて。
「よ、良かった……。作った甲斐、あった」
詰まっていた息を吐き出して、ようやく口にできたのはその二言だった。エースが喜んでくれている。俺が想像した以上に。それだけで今までの暗い気持ちが彼方に飛んでいった。嬉しい、作ってよかった。口角がゆるゆるになっていくと同時に、エースに当てられたのか、俺の顔もじわじわと熱くなっていく。胸が、しょうもなくどくどくと音を立てている。
「はは、まじで、よかった」
「…なんでお前がそんな嬉しそうなんだよ、オレのが嬉しいんだからな」
「なんでよ、そこは別に張り合わなくてもいいでしょ」
にへらと力の抜けた笑みを向ければエースは何かを言いたそうにぐ、と口を詰まらせたけれど、何も言わずに視線を逸らす。それから今度はエースがあー…なんて、決まりの悪そうな声を出して、小恥ずかしそうに頬を掻いてから、ちらりと俺を見遣った。
「あー………のさ、でも、流石にこの大きさはオレ1人じゃ食べきれないから、なまえも一緒に食おうぜ」
「あはは、だよね…我ながらデカすぎるなって思った」
トレイ先輩に教わったのは1ホール分の分量だったのでついそのまま作ってしまったけれど、よくよく考えれば1人に1ホールは中々ヘビーだ。しかもお腹いっぱい食べた後は尚更。
「じゃあ切り分けるから、持ち帰って食べて。んで、明日にでも感想教えて」
「え、今食べないの?せっかくだし今食おうよ」
「でも腹いっぱいって言ってたじゃん」
「なまえのは別腹だからいーの」
「なんだそれ」
変なの、と笑えばお前のせいだよなんて赤い顔のまま怒られた。なんだ、この感じ。胸がざわざわする。
「…俺、皿とか持ってくるわ」
「……オレも行く」
ああ、なんだか妙に照れ臭い。お互いの間に流れる変な空気を紛らわそうと発した言葉にエースもぼそりと呟いた。
お互い無言のままキッチンに向かい、がちゃがちゃと皿やら紅茶やら遅めのティータイムの準備をする。さっきエースに抱き締められたことが尾を引いているせいか、そわそわと無駄な動きをしてしまう。エースにハグされただけなのに、なんで俺はこんなに動揺してるんだ。一方エースはそうでもないみたいで、ただ黙ってスムーズな、丁寧な手つきでティーセットを揃えてくれていた。さすがハーツラビュル寮である。
「……あ、そうだ、エースさ」
「ん?」
「結局俺にしてほしいことってなんなの?後でって言うから気になって」
どうにかして変な動揺を追い払いたくて、話題を作ろうとした俺の質問にエースが手を止めた。が、質問を間違えたとすぐに悟った。エースの燃えるような赤い瞳に捉えられ、俺は視線を外せない。まただ、さっきと同じ。変などきどきが体を振動させる。
「それは──」
そして。繰り出された言葉の後、エースが悪戯に成功した時の子供のようににんまりと笑った。
20200923