夢や幻想なんてお断り
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「うわぁ」
「人の顔みてうわぁ、って言うのやめてくれない? 俺、何かした?」
「自分の胸に手を当ててよく考えればいいんじゃない? 聞いた女子全員逃げ出すくらいの破壊力はあったと思うけど」
「……」

任務ついでに蝶屋敷へ顔を出した。
ケガをしたわけではなくて、しのぶさんに会いたかったから。
なのに、任務のケガで療養していたであろう見慣れた金髪を発見し、私は思わず顔を歪めた。
ベッドの上に腰掛ける善逸はそんな私を見て、目を細めてさりげなく抗議する。
少なくともこのバカは「何かしたか?」と聞かれて即答できるくらいのことをしでかしている筈なのに。

「女の子なら誰でもいいからって、即小作りせがんできたのは誰よ」
「違っ、そういう意味じゃなくて!!」
「それ以外にどういう意味があったのか皆目見当つかないけどね」

先日、善逸と街へ出かけた。
それ以前から頻繁に私の家にやってくる善逸が少し鬱陶しくなっていたんだけど、たまには気晴らしに出かけようと思ったら一緒についてきた。
その先で急に善逸が「子供つくらない?」と突然言い放ったため、こうなったわけなんだけども。
あれ以来変わらず善逸は家にやってくるけれど、私が玄関から睨むとお土産だけ残して消える毎日。
最近は顔を見ないと思ったら任務に出ていたらしい。
それでケガをした、と。

「…それにしても善逸がケガをするなんて、珍しいね」

ふと服の隙間から見える包帯に視線を落とすと、善逸は何でもないように笑った。
善逸は一撃必殺の剣士。昔は沢山ケガをしていたけれど、最近は基本的に一撃で終わらせるから、ケガなんてすることもなかったんだけど。

「気が緩んでたんだよ」
「いつもでしょ」
「…誰のせいだよ」
「なんですって?」

唇を尖らせ私から視線を外す善逸。
ブツブツと零した小言が聞こえなくて、聞き返したけれど善逸は「なんでもない」と首を横に振る。
でも元気そうだから、良かった。
善逸にバレないよう、心の中でそっと安堵した。
なのに善逸は何かに気付いたように私の方をじーっと見つめる。
…まさか、聞こえた?

「何、その顔」

照れ隠しついでにそう言うと、善逸はくすりと笑みを零してこちらを見る。
この前まで、私の音なんて気づきもしなかったくせに。
頬に熱が籠るような気がしたので、さっさと善逸のいる部屋から離れることにした。
これ以上傍に居たら、また善逸に心を読まれる。

ひらひらと善逸に手を振って私はしのぶさんの部屋へ向かった。


◇◇◇


しのぶさんへの用も済ませたことだし、家に帰るか。
ぴしゃり、としのぶさんの部屋の扉を閉めて、私は廊下を音もたてず歩く。

「あ、苗字さん」

ふと前から歩く隠の男性に呼びかけられて、足を止めた。
何度か任務で一緒になったことのある人だ。
「久しぶりですね」と口にすると、彼は目尻を細め「お元気ですか」と笑った、気がする。
口元が布で見えないから。

「ケガでもされたんですか?」
「いえいえ、しのぶさんに言伝です」
「あぁ、なるほど」

穏やかな会話を楽しんでいたら、彼はふと思い出したように手を叩いた。

「あ、我妻剣士もこちらにいらっしゃるのをご存じですか?」
「……え、ええ」

まさか善逸の話題を振られると思っていなかった私は、きょとんと瞼を数回瞬きする。
私の表情を見て察したのだろう、彼はふふ、と笑いながら説明してくれた。

「こちらに来られてから、しのぶさんに乙女心について熱心にお聞きになっておられたので」

彼の言葉に私は目を見開いて驚く。
口から「え?」と思わず零してしまうほど。

「本当ですよ、そのおかげでしのぶさん、ここ最近ずっと不機嫌でしたからね」
「……あー…そうなんですか」

そういえば、と先程お会いしたしのぶさんの表情を思い出してみる。
笑ってはいたけれど、目の奥に疲れが見えたし、なんなら私に向かって同情するような空気を感じ取ったのだ。
その時は意味が理解できなかったけれど、裏でそんな事があったとは。
善逸によるしのぶさんの執着はつまりは私の所為だろう。
ドキリと胸が跳ねた。

あのバカ、気にしてたんだ。

何故だか心臓が落ち着かない。
善逸に自分の事を考えて貰ってる事がこんなにも嬉しいなんて。
昔から善逸の気持ちなんて望んではいなかったのに。
私はいつからこんなにも欲張りになったんだろうか。

「…お幸せに」

まだ何も言っていないのに、隠の彼はそのまま私に会釈をして、廊下を進んでいった。
一人残された私は、落ち着かない気持ちのまま、とぼとぼと反対方向へ歩いていく。
自然と足は善逸の寝ている部屋に来ていた。
コンコン、とノックする前に扉がガラリと開かれた。
開いた先に居たのは、どこか焦った顔の善逸。
私が扉の前に居るのを見て、ものすごく驚いていた。

「名前」
「どうしたの」

あまりに必死な顔していたから、とりあえず聞いてみた。
すると善逸はぽりぽりと後頭部をかいて「なんでも」と言う。
そんなわけあるか。わかりやすいんですけど、善逸くん。

「それより、さっきまで誰と一緒に居た?」
「さっき? あぁ、隠の…」

名前までは憶えていないけれど。
そこが私の悪い所だ。
少し思い出してみようと思ったけれど、駄目だ全然記憶にない。
結局のところ、私には善逸以外全く興味がないということだ。
くす、と小さく思い出し笑いをすれば善逸の眉が顰められる。

「ちょっと来て」

少し不機嫌そうな声色。
善逸は私の腕を引いて、扉を乱暴に閉めた。
引かれる腕に抵抗する事なく、私は部屋の中へ。

すとん、とベッドに座らされて。
何を考えているのか分からない瞳が私を映した。


「さっきの人、何?」

「何って、何でもないけど」


私の隣に腰を下ろして、思っていた以上に顔を近づけてくる善逸。
思わず後ろに仰け反ったけれど、善逸の手がそれを阻止する。
何、と言われれば本当に何でもないとしか答えようがない。
だって本当に立ち話くらいしかしたことがないんだもの。

私の返答に納得いかない顔を見せる。

「……ここから、名前の音が聞こえたから」

ぽつり、と自信なさげに呟かれる言葉。
それがなんだというんだろう。
善逸の耳なら聞こえるだろうに。

首を僅かに傾げていると、善逸は続ける。

「音が、俺といるときよりも…慌ただしかったから」
「あーね」

善逸の言葉に私は口元を引き攣らせた。
普段善逸の傍に居る時は私は自分の音に気を遣ってきた。
善逸に私の気持ちを知られるわけにはいかなかったから。

それに、

「何の会話してたか、聞いてなかったの?」
「…うん」

会話さえ、聞いてくれれば何故音がそうなったのか、分かってくれると思うんだけど。
ふうん、と言って私は善逸の顔を見た。
やはりどこか心配そうに顔を歪めている。

なんだろう。


「ねえ、名前。俺の事、嫌いになった?」


その表情は変わる事なく、くちゃりと歪む。
心臓が抉られたように痛い。
何となく、何となくだけど、善逸の考えていることが分かるような気がする。

「なんで?」

意地悪をしたかったわけではないんだけど。
自然と声に出ていた。
まさか、そんな。
私の考えている事であっているならば、それは。


「俺、名前の笑顔が見たいよ」
「見せてるでしょ」
「違う、これから、ずっとって事。誰よりも、名前の傍にいたいんだ」


本当に善逸なのかと思うくらい、するすると言葉にしてくれる。
しのぶさんから乙女心の教わったにしては上達が早いな、なんて頭の片隅で考えてしまう残念女。
でも分かってる。
自分の心臓がドキンドキンと煩い事を。
それを隠すようにそんな事が頭に浮かんでいるくらい。


「好きだよ」


苦しそうに、私を強く抱き締める善逸。
ふわ、っと善逸の匂いが私の鼻を掠める。


「それって、誰にでも言ってる?」

「んなわけないでしょ」


昔、善逸に言われた言葉を思い出した。
他の女を好きだと言ったあの時。
あれからいくつもの季節が過ぎた。
あの綺麗な琥珀色の瞳は今は、私だけを見つめてくれている?

耳元に聞こえた言葉を何度も頭で繰り返して。
そして、私も善逸の背中に手を回した。


「言っとくけど、片思い歴は私の方が長いんだからね」


貴方を思う気持ちは誰にも負けない。
そんな自信は誰よりもある。
それが報われた、今。


「私の、ひと」


背中に回した手に力を入れて、私は瞼を閉じた。
これが夢でなければ、瞼を開けた時、また貴方は私を抱き締めているだろうから。



夢や幻想なんてお断り。



どうやら私は、素敵な現実を夢見る乙女になったようだ。





あとがき
ゆうきさま、二回目のリクエストありがとうございました!
「君の笑顔が好きです」の続きとなりますが、いかがでしょうか!!!!
三部作になってしまいましたね〜!
やっとくっつきました。
ぷち連載のつもりでとても楽しく書かせて頂きました。
こんなものでよければお納めくださいませ!

この度は誠にありがとうございました!


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色いろ