俺以外に見つかるなよえーっと。何でこんなところにいるんだっけ。
ふと目の前のガラスに入れられた溶けかけの氷を見つめて、私はため息を吐いた。
カランと涼しい音を鳴らして氷が揺れる。
ガラスのウーロン茶は既に空だ。
それに気付いたのだろう、目の前に座っていた男性が「おかわりいる?」と優しく声を掛けてくれた。
私は苦笑いを見せながらこくりと頷く。
あー…マジで帰りたい。
誰だよ、飲み会って言いながら合コンに連れてきた奴。
ぎろりと自分の列に座る一番端の女子を睨みつける。
彼女は自分の仕出かしたことなんぞ一つも頭にない顔で、自分の周辺の男とおしゃべりに夢中だ。
人数合わせにしたって、もうちょっと人を選べよ。
裏切りたくはないから先程我妻に連絡は入れたけど、彼もまた残業なのだろう。
既読がつかないし、返事だってない。
とは言え変なところで気を遣ってしまう自分は、このまま抜けるのも忍びなく思ってしまう。
でもなぁ。
はあ、とまた更に重いため息が零れた。
今日はいちごちゃんが風邪でお休みだった。
基本いちごちゃん以外つるむ相手もいないので、お昼は一人コンビニで買って来たおにぎりを食べていたんだけれど。
そこに同じ部署の女子が二人、私の顔を伺いながらやってきたのだ。
「苗字さんが居なくなる前に飲み会でも」
後二週間ほどで私は退社する事が決まっている。
正直言うと、実質あと三日くらいで出勤もしない。(あとは有給消化)
そんな中、わざわざ私のために飲み会を開いてくれるというので、快く返事をしたところ。
そしたらこのザマである。
ふざけるな。
女子だけかと思ったら、見知らぬ男たちが「おつかれさま〜」と言いながら居酒屋の個室に入ってきた衝撃とはない。
少なくとも彼女らは私に相手がいる事も知っているというのに。
相手に対しても失礼だろう。
こちらにはそんな気がないのだから。
考えれば考える程、溜息量産型女子になっていくのがわかる。
さてさて、どうしたものか。
「なあ、何か食べたい? 俺、つまみ貰おうと思ってるんだけど、何か頼む?」
一瞬私に声を掛けている事に気付かずスルーしてしまって、ツン、と額を指で押されて気が付いた。
どこか人懐っこい顔を見せる男性はにこやかな笑みを浮かべて「何食べる?」ともう一度同じ事を口にした。
胸が痛い。
こんな人の良さそうな男性に対して「私実は彼氏いるんです〜」と言わなければならないなんて。
一応、前回の失敗を踏まえて、お酒は飲まないようにした。
流石に寝てしまったら、貞操観念ガバ女だと我妻に思われるのもやだ。
結局なかなか口に出す事は出来なくて。
和やかに時間だけが過ぎていく。
このまま何事もなく帰る事が出来れば、なんて甘い事を考えていたがすぐに後悔する事になった。
「なあ、名前サン」
向かいに座る男性はお酒でほんのり顔を染めながら、突然私の名前を呼んだ。
苗字ならいざ知らず、初対面の男性に名前で呼ばれるのは抵抗がある。
私の顔色が曇ったに気付かないで男性は続けた。
「この後、予定なかったら一緒に消えない?」
こっそり口元を手で覆いながらそんな事を言われて。
私の気分が一気に不快感で一杯になったのだけれど、きっと彼は気付かない。
私もそこそこいい歳だから、一緒に消える、の意味を知らない訳がない。
場の雰囲気を壊す訳にはいかないので、貼り付けた笑顔のまま「無理」と答える。
そこで引いてくれればよかったのに。
「そんなこと言わずに。俺、名前みたいなタイプ好きだから」
さっきまでサン付けだったのに、次の瞬間には呼び捨てである。
こればかりは貼り付けた笑顔も消え去った。
「……はぁ、ごめんだけど私そんなつもりないんだ」
ここまでアプローチされていいタイミングだと、そのまま断って帰ろうとした。
私が立ち上がろうとしたけれど、酔った男性は私の手首を掴んで「いいじゃーん」とにこり微笑んだ。
チッ、と思わず零してしまった。
この酔っ払いが。
その手を振り払い、もう一度彼の目を見つめて「無理」とはっきり告げる。
それでも彼は可愛い可愛いツンデレとでも理解したのか、また私の手首に手を伸ばしてくる。
「いい加減にして」
「いい加減にするのはそっちじゃないの? その気があるからこの場にいるんだろ?」
まあ、そう思われても仕方ないんだけども。
騙されてここに来たとは言え、彼らからすれば合コンの場にいるだけでその気があると思うだろう。
だけど、私は二回ほど拒否の言葉を口にしている。
それでもなお、食い下がってくるこの男に好意なんて持つはずがない。
「勘違いすんなよ、俺だって本気じゃねえから。ちょっとした遊びじゃん?」
「は?」
ようは遊びで付き合えということみたいだ。
私の目は皿のように細くなり、口元は引き攣っている。
勿論そんなつもりはこちらにはない。
「あんたね、ほんといい加減…」と、口にしたその時、個室の引き戸がガラリと開き、
顔を出したその人が苛立ちながら声を上げた。
「本気じゃねえなら、やらねえよ」
手にはスーツのジャケットを掴んで、それから片手で首元を緩める金髪の男。
額にはうっすら汗が滲み、よく見ると息も若干荒い。
走ってきたんだろうか。
個室の中に居た全員がその男、我妻 善逸に注目した。
皆がぽかんとする中、一番に反応したのは私だ。
「あ、我妻…」
「あ、じゃねえよ。ほら、帰るよ」
苛立ちを隠そうともしないで、顎で私にさっさと用意しろと合図する我妻。
何でここに居るの、なんて思ったりもしたけれど、そういや自分で連絡したんだったと気が付いた。
私はそそくさと自分のカバンをひっつかんで、そのまま我妻の腕の中へ飛び込む。
「お、おい」
「んじゃ、そう言う事で。お遊びの方達とどうぞ楽しんで」
我妻は私の向いに座っていた男性を睨みつけながら、最後に一言残して乱暴に扉を閉めた。
◇◇◇
「何あれ」
引っ張り出されるように店から飛び出した私達。
我妻はブツブツ呟きながら私の手を引いて歩く。
思っていた以上に速足なものだから、私は躓きそうになったけれど、それに気付いた我妻がそっとスピードを緩めてくれた。
「ごめんね、善逸」
私にはそんな気が無かったけれど、結果的に我妻を裏切る形になっていた。
そう言って俯くと、我妻がそっと舌打ちを零した。
「名前の所為じゃないじゃん。これからは、知らない人に付いて行くなよ、マジ面倒だから」
「私は子供か」
子供じゃねえよ、と我妻が言う。
「俺からすれば、魅力的な女だよ」
俺以外に見つかるなよ。
そう言う我妻の真っ赤に染まった耳を見て、私はくすっと笑った。
私も同じ事思ってるよ。
ねえ、善逸。
あとがき
相田さま、二回目のリクエストありがとうございました!
サザンカでヒロインちゃんがまた合コンに行ったら、という事で書かせて頂きました!
あんまりラブラブしておりませんが、ピンチの時に駆け付ける善逸はいいですね〜。
善逸視点も書きたかった…!
こんなものでよければお納めくださいませ!
この度は誠にありがとうございました!
prev|
next
色いろ