君の目が醒めたら
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初めから分かっていたことだった。
いつかは別れがくるだろうと。
何故なら、彼の運命の相手は私じゃないから。

「名前」

一人勝手に帰ろうとした背中を呼び止める声がする。
ああ、気づかれてしまった。
気づかれない内にさっさと帰ろうとしたのに。
困ったななんて思いながら、私はゆっくり振り返る。

「一緒に帰ろって言ったじゃん。待てって」
「ごめん……善逸」

善逸は金色の髪を揺らして、私の方まで小走りで寄ってくると、頬を少し膨らませて私を見る。
こうなる前に帰りたかったんだけどな、なんて思っていても口には出さない。
昼休みに交わした約束を聞かなかったことにして帰ろうとしていたのだ。
とてもひどい事をしている自覚はあった、仮にも自分の彼氏に。

彼は、我妻善逸という。
クラスメイトで、友達だった。
それも過去形、今は私の彼氏という立場にいる。
……こんな夢、いつになったら醒めるんだろう。

私が“私”になったとき。気が付いたら世界はこの状態だった。
前世なのかはたまた私がトリップしたのか。それすらもうよくわからない。
ただ、この世界は私の知る漫画の世界だということ。
私の記憶が正しければ、彼らは鬼滅の刃という漫画の、キャラクター達で。
この学校に存在するほとんどの人たちはそこで存在した人たちだった。

目の前の、我妻善逸という男も。

彼は、竈門炭治郎の妹、禰豆子ちゃんという可愛い女の子が大好きだった。
――そうだった、はず。

なのに、この世界の我妻善逸という男は、何故だかモブでしかない私と友達になろうと言い、
そして挙句の果てには「付き合ってほしい」と言うのだ。
あり得ない。そんなこと。
だって彼は禰豆子ちゃんが好きなのだ、なのに何故。
余りに混乱して「はい」と返事をしてしまったのが、悔やまれる。
顔を見て拒否することが出来ないから、私はこうして物理的に距離を取ろうと日々頑張っているけれども。

自分の心が善逸に惹かれているという事実に気づきたくはなかった。
このまま何も思わなければ、平和でよかったのに。
最初から、終わりがくる出会いを喜ぶほど、私もバカではない、と。
結局私はバカだったのだ。

「お待たせ、帰ろう」
「うん」

こうして善逸と手を繋いで下校している様子は、本当にただの恋人同士だ。
でもそれが偽りだと私は知っている。
早く、この傷が浅いうちに何とかしないと。

「ねえ、名前」

さっきまで上機嫌に会話をしていた声が途切れて、酷く平坦なそれが隣から聞こえた。
私は慌てて「どうしたの?」と善逸に尋ねると、善逸は穏やかに笑っていた。
何だろう、少しだけ胸がざわついた。

ぴたりとその場に立ち止まって。
わたしもつられて立ち止まる。
そこはいつも下校途中に横切る公園だった。

「何で、俺の事避けるの?」

いきなり核心を突かれ、反応が遅れた。
一寸おいて「何でそんなこと思うの?」と言ってみたけれど、遅かったみたい。
善逸はさっきまで穏やかに笑っていたというのに、その瞳は怒りを含んでいた。
握っている手もぎりぎり、と強くなっている。

「避けてるよね? 俺、気づかない振りをしてきたけど、いい加減我慢の限界なんだ」
「えっと…」

流石に善逸だって気づくか。
あんなに露骨に行動していたんだもの、不自然に思うはずだ。
でも訳を話すわけにはいかない。

「俺に理由があるんだったら…」
「善逸、あのね」

喋りだそうとする善逸を制止した。
一方的に言葉にするのが結局一番いい。
反応される前に宣言してしまえば、どうすることもできない。
私に善逸が「付き合ってほしい」と言ったように。


「別れて」


善逸の息を飲む音が聞こえた。
すぐに力の抜けた手から自分のものを救い出し、私は善逸から一歩下がる。
私の想像以上に善逸の反応は早かった。
逃げた私の手をまた掴み直すと、ずいっと必死な顔を近づけてくる。

「何で?」

さっきよりも力強く握られて、痛みさえ覚える。
私は目線を合わせたくなくて、顔を逸らした。
ぎり、と善逸が奥歯を噛んだ。

「俺の事、嫌になった?」
「違う、でも善逸には私なんかよりもお似合いな人がいるんじゃないかって」
「そんなことあるわけないだろ」
「……どうだろうね」

私の反応に善逸がどんどん苛立っているのが良くわかる。
これでも長い間横に居たのだ。


「…禰豆子ちゃんとか、さ」

「はぁ?」


私の口から出た名前に善逸が唾を飛ばしながら反論する。
こうなる前にさっさと脱出すればよかった。
もう後の祭りだけど。

「本気で言ってんの?」

強く引かれた腕はそのまま私の身体を抱いた。
逃げることが出来ない状況に私は内心乱されていた。
こんなことをする善逸も、禰豆子ちゃんを好きになるって知っているから。
だから、お願いこの手を。


「離して」

「離すわけないだろ」


私の小さな願望は呆気な崩れ去った。
さらに強く抱きしめられている気がした。
離すまい、と。

「ずっと名前の音を聞いてたんだ」
「……ぜん、」
「俺の事、好きだって言うこの音を。何でそんな悲しい音させてんだよ」
「あのね、善逸、私」

「俺は名前が好きだ。他の誰でもない、名前が」

ひゅ、と喉が鳴る。
そんなことを言われたら、私は勘違いしてしまう。
いつか別れが来ることを知っているのに、なのに。
私とずっと過ごしてくれるような、そんな夢をみてしまう。
いいのだろうか、私が。モブでしかない、この私が夢をみても。

「いいよ、夢くらいみろよ。俺はそれを現実にしてやるから」

私の気持ちはいつの間にか声に出ていたらしい。
力強く、それでいて懇願するようなそんな声。
善逸は消えてしまいそうな私を包み込むようだった。

好きだ、誰に何と言われようとも。
漫画のキャラなんて、そんなの分かってる。
でも、私が好きになったのは鬼滅の刃の我妻善逸じゃない。
私を抱く、この我妻善逸という男だ。

「……嘘ついたら、許さないんだから」

私の呟いた声に応えるかわりに、優しい口づけが降ってきた。



君の目が醒めたら



その時は、もう優しく身を引くなんて出来ないよ。





あとがき
桜餅さま、リクエストありがとうございました!
書くぎりぎりまで連載で出すかどうか悩みました。
連載ならもっと書きようがあったのかなぁと後悔も多く…
中々盛り込みたいお話が書けず、申し訳御座いません(´;ω;`)
こんなものでよければお収めくださいませ

この度はありがとうございました

お題元「確かに恋だったさま」


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