分かってしまったよ本当に恋できるのは君にだけ「あ、そう言えば列車の中でどんな夢を見ていたんですか?」
名前ちゃんの無邪気な声に、ギクリと饅頭を持つ手が止まった。
無限列車での任務から何日も経ったある日、部屋で饅頭を二人仲良く頬張っていた時のことだ。
名前ちゃんの言う、夢というのは無限列車の中で無理やり眠らされた時に見たものを指している。
目の前の名前ちゃんはニコニコと笑って、俺の顔を覗き込みながら首を傾げている。
その顔に何て言えばいいのか分からない。
夢は見たよ?
人によっては幸せだと思う夢だったかもしれないけれどさ。
俺にとっては特別いい夢ではなかったんだから。
それを名前ちゃんに言っていいものか、頭の中でグルグル考える。
…いや、言わない方がいい。
きっと気分を害するし、何だかめちゃくちゃ怒られるか、拗ねられそうだ。
平穏無事にこの時を過ごしたいなら、適当に濁すに限る。
はあ、とバレないようにため息を吐いて、あの時の夢を思い返してみた。
――――――――
あれ?
俺、何をしていたんだっけ?
いつの間にか自分が花畑の中心で棒立ちしていた。
辺りには誰もいないけど、花のいい匂いが俺の鼻を掠める。
しゃがみ込んで、足元に生えた花を一本ポキっと折った。
お花とか禰豆子ちゃんが好きそうだ。
持って行ってあげると喜びそうだし。
喜ぶ禰豆子ちゃんの顔を想像して、思わず口元が緩んでしまった。
きっとあの可愛らしい顔がにっこり微笑んで「善逸さん、ありがとう。素敵!」なんて言ってくれるに違いない。
やっぱり女の子はお花とか似合うよ。
禰豆子ちゃんにお花を贈るため、俺は花畑の中を歩いていく。
どこにいるのかな?禰豆子ちゃん。
暫く色とりどりの花を楽しみながら歩いていくと、その先に桃色の着物が花の中に見えた。
こちらからは背中しかみえないけれど、きっと禰豆子ちゃんだ。
「禰豆子ちゃん!」
無意識に走り出していた俺が、大きな声で名前を呼ぶ。
すると、花畑の花に負けないくらい可憐な笑顔がこちらを振り返る。
その表情を見て、俺の心の晴れやか…とはいかなかった。
あれれ?
禰豆子ちゃんの笑った顔ってそんな顔だったっけ?
走っていた足を止め、思わず首を傾げた。
何度凝視しても禰豆子ちゃんに違いない。
どうしてそんな事を思ったんだろう。
どこか違和感が拭えない俺を不思議そうな顔で禰豆子ちゃんが見つめる。
「善逸さん、どうしたの?」
「いや、なんでもないよ」
女の子を心配させるわけにはいかない。
俺はパっと表情を変えて、にこにこと微笑んだ。
だけど心がずっとモヤモヤする。
何か、変なんだよなぁ。
今の俺にはその違和感を原因を見つける事は出来ないけれど。
「禰豆子ちゃん、お花の冠作ってあげるよ」
「わあ、嬉しい!」
二人でその場にしゃがみ込んで、手ごろの花を編み込んでいく。
俺の手元を禰豆子ちゃんが楽しそうに覗き込んだ。
ああ、幸せだ。女の子とこうして過ごせるなんて、幸せ以外考えられない。
野郎といっつも一緒だったから、禰豆子ちゃんが居てくれて本当に良かった。
うんうん、と心の中で何度も頷きながら、俺はてきぱきと手を動かす。
黄色のお花がいいだろうか?
だってあの子は俺の羽織や俺の髪を好いてくれているから。
この前だって、俺の破れた羽織を…
あれ、ちょっと待って。
禰豆子ちゃんじゃない、あの子って誰?
急にぽっと頭の中に沸いたあの子。
どんな顔だったっけ、どんな声だったっけ。
あんまり思い出せない。
何で禰豆子ちゃんの事を考えていた筈なのに、急にそんな子の事を思い出したんだろう。
冠を作る手が止まってしまう。
黄色い花を見つめ、俺は眉間に皺を寄せた。
何か、忘れている気がする。
とても大事なもの。俺の、大切な、子。
うーんと睨みつけるように花を見つめても、答えは出なかった。
俺が固まってしまったので、禰豆子ちゃんがゆさゆさと俺の肩を揺らす。
「今日は何か変だよ?どうしたの?」
眉が八の字になった禰豆子ちゃん。
ああ、俺のことを心配してくれている。
嬉しく感じるとともに、なんか違うんだよなぁと思う自分がいる。
女の子と一緒に居て幸せなのに。
今までそんな事なかったはずなのに。
どうして。
『善逸、さん』
ズキンと頭に痛みが走ると同時に聞こえた声。
禰豆子ちゃんとは違うその声に、俺は戸惑いが隠せない。
誰だ、この子は。俺の名前を呼ぶ、この子。
花に触れている筈の右手がじんわり暖かく感じる。
まるで誰かと手をと繋いでいるような。
女の子と手を繋ぐことも今までなかったはずだ。
だって俺は女の子に騙されて生きてきたから。
『きっと善逸さんが守ってくれますから』
首を傾げて「ね?」と尋ねてきたあの子。
あの子は目を離すと危なっかしくて、俺の前にすぐに出て来ようとするんだ。
俺から離れるのが嫌だと言って、どれだけ反対しても任務についてくるから、途中でいっつも諦める。
呆れながらも俺は、その子の傍に居れる事を喜んでいる。
矛盾した気持ちに振り回されながら、思う事は。
その子を守るのは、俺しかいないって事。
「どうしちゃったの?お花、嫌い?」
禰豆子ちゃんが俺の頬に手を添える。
心臓がドキドキする。
けれどこれは禰豆子ちゃんが触れてくれたからドキドキしているわけじゃない。
思い出したからだ、自分の守るべき人を。
「いつもみたいに、可愛いって言って欲しいな?」
小さな口がそう言って、花を持つ俺の手を上から握る。
普通の男なら、こんな可愛い事を言われたらひとたまりもないだろう。
俺だって、きっとそうだったんだろう。
「…俺はね、女の子は皆可愛いって思ってるんだよ」
絞り出すように声が出た。
禰豆子ちゃんの瞳が俺を捉える。
「禰豆子ちゃんも、蝶屋敷の女の子も皆可愛いんだ」
満足そうに禰豆子ちゃんの目が細められる。
でもね、
「でも、好きな子には可愛いってあんまり言った事、ないんだよ」
最初はバンバン言っていた。
だけど、途中から言えなくなってしまった。
俺の言葉が軽く思われるのが嫌だったから。
あと、何だか気恥ずかしくて。
「好きな子に告白する勇気すら、なかったんだ」
想ってはいたんだよ。
情けない事に、失うと分かった時にしか、俺はそれを口に出来なかったんだ。
あの子は俺よりも先に伝えてくれていたのにね。
「俺、あの子を守らないといけないんだ」
「あの子…?」
「うん、大好きな、あの子」
「私より、も?」
俺は作りかけの冠を禰豆子ちゃんに手渡した。
ぽかんと俺を見つめる禰豆子ちゃん。
それを見ながら、立ち上がった。
「誰よりも」
風で花びらが舞い上がる。
「迎えに行かないと。きっと拗ねて待ってる」
ゆらゆらと揺れる瞳に見つめられ、それに俺は笑みを返す。
花畑がじわじわと炎に包まれていく。
火が近づいているのに、全然怖くない。
俺と禰豆子ちゃんのいる場所を残して全て、燃えていく。
「禰豆子ちゃんだ」
隣に禰豆子ちゃんがいるのに、火を見て反射的にそう感じた。
俺は足を踏み出して、その炎に触れた。
自分の身体が熱を感じない穏やかな火に包まれて、とても気持ちがいい。
だけど、右手に残った熱はこの火のせいなんかじゃないってこと、俺は知っている。
「遅くなってごめんね、名前ちゃん」
ゆっくり目を閉じて、脳裏のあの子に話しかけた。
小言を言われるかもしれない、いつまで寝ぼけているんだ、と。
それが彼女らしい、と言えばそうなんだけどね。
いつまでもこんな所でうだうだ過ごしているわけにはいかない。
きっとあの子が待っているから。
炎はあっという間に俺を全て飲み込んだ。
早く、あの子の元へ。
次に目を開けた時には、俺はあの子を守らないといけないからさ。
――――――――――――
「夢、みたでしょ?」
「……言わない」
まるで俺を問い詰めるような、そんな声色に俺は変な汗を拭き出して顔を逸らす。
言える訳ない。
名前ちゃんの事すっかり忘れて、他の女の子とイチャイチャしてました、なんて。
自分がそれを言われたら、発狂して相手をぶっ殺す自信さえある。
身の危険を守るためには、口にしない方がいい。
心の中で誓いを立てていると、向かいのベッドに腰かけていた名前ちゃんが立ち上がった。
何処に行くんだろう、と見ていたら俺の横にすとんと腰を下ろした。
「私の夢、見て欲しかったなぁ…」
可愛らしく拗ねたように言われてしまい、ごくりと唾を飲んだ。
何その反応、可愛すぎない?
ってか狙ってやってるつもりなのか?
気が付いたら、名前ちゃんの肩を両手で掴んでいた。
そしてその小さな耳元に唇を寄せて、呟いた。
「それって、誘ってるの…?」
心臓がはち切れそうなくらい鳴っていた。
俺も、名前ちゃんも。
言葉を理解した名前ちゃんが茹蛸のように顔を赤くして、俺を突き飛ばした。
「違います!」
ひと際大きな声でそう叫ぶと、一目散に部屋から飛び出していく名前ちゃん。
その背中を見つめながら、俺も自分の頬に手をやった。
あー…俺ものぼせてるわ。
そんな君が凄く凄く、好きなんだ。
分かってしまったよ本当に恋できるのは君にだけ
もう他の人では無理だって事。
あとがき
みさとさま、リクエストありがとうございました!
善逸さんの無限列車/善逸視点ということでしたが、如何だったでしょうか。
早い段階で構成させて頂いてたんですが、色々気に食わなくて何度もリテイクしてしまいました…
遅くなってごめんなさい(´;ω;`)
ちょっと甘さが足りませんが、無限列車の時期はこんな感じなので、
お許しいただけますと幸いです。。。
この度は誠にありがとうございました!
お題元「確かに恋だった」さま
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色いろ