練習その5 避けられる


名前が泣き止むまで傍に居て、落ち着いてから俺たちは下校した。
帰り道も自然と手を繋ぎ、名前も握り返してくれた。
名前の泣きはらした顔はとても痛々しかったけれど、どこかスッキリしていて、帰るころには俺に微笑み掛けてくれるまで回復したようだった。
そうして家まで送り、朝を迎えたわけなんだけれども。

昨日同様、名前を家まで迎えに行ったら出てこない。
まあ、昨日と同じなんだけど、何が違うって言うと名前は寝ているわけではなくて、玄関に籠城しているらしい。
庭にいた名前のお母さんと名前がドアの前で、言い争いをしているのを横目に、ポツンと俺は家の前で棒立ち。
漏れ聞こえる会話の内容から察するに、俺の所為だとは思うけどね。

「名前、無一郎くんが来てくれてるんだから、開けなさい」
「…先に行ってって伝えて」
「迎えに来てくれてるのに、何言ってるの!!」

暫くその風景を眺めていたけれど、こうも拒否されると流石に俺も思うところがある。
いっそ置いて行ってしまうか、と考え名前のお母さんに「先に行きます」と伝えると、ドアを叩いていたお母さんが振り返り、悲しそうな顔をした。
どことなく名前に似ているその表情に俺は後ろ髪引かれつつ、では、と頭を下げた。

名前の家を通り過ぎ、自分の家の塀に背中を預け腕を組んで待っておく。
すると、俺が先に出たと聞いた名前が家から飛び出してきた。
ほっと胸を撫でおろす所が見えたあたりで、俺は口を開いた。

「なんなの?」

それはどこか怒りを含んでいた。
名前は俺の声が聞こえた瞬間にカチコチに固まってしまい、顔をあらぬ方向へ向け「先に行ったって…」と言っていたけれど、行くわけないよね。
こっちは名前と登校する事が目的なのに、そんな事するわけないじゃん。

「何、俺と一緒に行くの、嫌なの?」
「…嫌っていうか、うん」

どっちなんだよ。
名前のはっきりしない発言にさらに苛立ちが募る。
嫌われるようなこと、してないと思う。
むしろ昨日の帰りまでイイ感じの雰囲気だったと思うくらいに。
そりゃ、俺の恋心がズタズタになったのは確かだよ。

更に問い詰めようとした時、俺の背中から声がした。

「まだ行ってなかったのか、お前ら」

有一郎がカバンを持つ手を肩に乗せ、呆れたように呟いた。
それもそのはずだろう。
俺が名前を迎えに行った時間から何十分と経っている。
それなのにまだ学校に向かってない所を見て、呆れかえるのもわかる。

突然現れた有一郎を視界に入れた途端、名前の表情がぱあっと明るくなった。

は?

苛立ちが最高潮に達した。
何その顔。
そんなに俺といるのが嫌なわけ?

俺のイライラを余所に、名前は有一郎の隣に駆け寄って、手を引っ張る。
有一郎は面倒臭そうに引っ張られているけれど、俺としては全然面白くないわけで。
だって昨日まで手を繋ぐのも少し抵抗あったじゃん。
それなのに有一郎とは難なく自分から繋ぎに行ってるのを見て、俺はもう一瞬でやる気が削がれた。

あっそ。

そっちがその気なら好きにすればいい。
有一郎と名前の横を早歩きで通り過ぎ、小声で「やっぱ先に行くわ」と声を掛けた。

「おい、無一郎」

有一郎が何を思ってか俺を呼んだけれど、あえて俺は無視した。
今は振り返りたくもない。
ひらひらと振り返らずに手を振って、俺はさっさと学校に向かう事にした。


◇◇◇


俺は机に突っ伏したまま。名前が登校しても尚、何の反応も見せなかった。
名前は何度か俺に話しかけようとする素振りは見せたものの、結局何も言わずに前に座っている。

言いたい事があるなら、さっさと言えばいいのに。

俺が鬱陶しくなったのだろうか。
それならそうと言ってくれれば、少しは考えた。
少しは。
だからと言って名前から離れるつもりはないから、考えるだけ。

少なくとも、避けられていい気はしないんだよ、名前。

恨めし気に目の前の背中を睨んでやった。
どうせこの鈍感娘は一つも気づくことなんてないだろう。

俺は少し疲れた。

あーあ、昨日の名前は素直で可愛らしかったのに。
胸の中で小さく震えながら収まっている姿なんて、俺以外誰も知らない筈だ。
ずっと、ずっと俺だけのもので居てほしい。
…まあ、俺のものになった事はないんだけどさ。

はぁ、と心の中でため息を吐いて、俺は授業中は睡眠を貪る事にした。


「ね、ねえ…無一郎」

何時間目かの休み時間。
盛大に寝こけていたみたいだ、自分の呼ぶ声でやっと俺は目を覚ました。
だけど声の主が誰か分かっているから、返事はしない。
まだまだ寝たふりを続行する。

一行に起きる気配のない俺を見て、名前はふうと息を吐いた。
それからそっと俺の頭に手を伸ばしてきた。

一瞬、何が起こったのか分からなかった。

さわさわと撫でられる頭の感触に、驚きを隠せない。
名前は、いつもならこんな事しない。
特に寝ている俺に対しては。

驚いて思わず顔を上げた。
俺の頭にあった手をガシっと掴んで。

顔を上げた先には、仄かに頬を赤らめた名前の姿があった。

「…あ」

充分赤いと思った頬は、更に赤みを増した。
俺が寝ていると思ってたんだろう、それが急に起きたからビックリしたのか。

「ご、ごめん」

俺の手から腕を抜き取り、さっさと名前は前を向いてしまった。
何が起こったのかよくわからない。
俺は何の返事も出来ないまま、ポカンを口を開けてただ、名前の背中を見ていた。

俺にあんな顔、するんだ。

心のどこかで喜ぶ声を聴きながら、俺は自分の手で誰にも分らないように口を押える。


「…何のつもりだよ」


誰にも聞こえない声量で、ぽつりと零した。

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