練習その6 告白される


あれから名前の様子がとんと可笑しい。
一応毎朝迎えに行くし、帰りも一緒に帰るけれど、俺をちらちら見ては目を逸らし、を繰り返している。
なにより俺の話を多分あんまり聞いていない。
耳を通過する言葉より、考え事でもあるようで、百面相している様はとても面白いけれど。

俺と言えば名前と一緒に登下校できるだけで満足だから、これ以上贅沢は言わないが。
それにしたって、その態度は気に入らない。

「名前?聞いてる?」
「うんうん聞いてる」

会話の途中で尋ねても、聞いてるのか聞いてないのか分からない返答だ。
ずっとこんな調子だと流石に俺も苛立ちを隠せない。
次第に話す事をしなくなった。

それから数日経って、朝、名前を家まで迎えに行った。
が、名前は珍しく起きていた。
家の前でちょこんと立っており、俺が来るのを待っていたようだった。
問題は表情だ。
この前まで、俺と目を合わせれば即座に顔を逸らし、モゴモゴと何か言いたげに顔を歪めていたが、
今日は俺の顔を見るなり、何かショックを受けたような、そんな表情だった。
一瞬、先日の事が頭に浮かび、また誰かに振られたのかと思ったけれど、そんな様子はなかった。
じゃあ、一体何で?

学校に着くまでも大した会話もなく、教室へ入る俺たち。
とは言っても席が前と後ろだから、離れることはないんだけど。

相変わらず後ろからでもわかるくらい肩をがっくりと落とし、何かに悩んでいるような名前。
あまりの露骨さに知らないフリをしようとしたけれど、流石に可哀想になってきた。

「名前、どうしたの?」

聞いていいのか分からないけど、後ろから背中を指でちょんちょんとつついてやる。
名前はビクリとすぐに反応し、若干赤い顔をして「…うん」と頷いた。

「…いや、やっぱ何でもない」
「そんなバレバレなウソ、俺に通じると思う?」
「本当なの!」

そう言って名前は身体を前にやって、振り返る事はなくなった。
背中からでもわかる、何でもない何てことあるわけないだろう。
それでも名前が口に出してくれないと、俺は分からないから動く事は出来ない。
あーじれったい。

俺はつまんなそうに身体を机に突っ伏した。


◇◇◇


「む、無一郎、あのね、これ…」

放課後。
やっと名前が俺を呼んだ。
やっと俺を頼ってくれるのかとニコニコして名前の話を聞いていたら、渡されたのは可愛らしい封筒だった。
中には手紙が入っているのが分かる。
名前が書いてくれたのかとそのまま受け取ると、名前は困ったように笑った。


「あのね、隣のクラスの女の子が、屋上に来てほしいんだって」


その言葉を聞いて、俺は酷く落胆した。

あーそう。
そういうこと。

落胆と同士に苛立ちもした。
こんな紙切れ、名前の前でビリビリ破いてしまおうかと思ったけど、寸前で踏みとどまる。
俺にとってはどうでもいいものだ、これが名前のものでないならば。

「…名前はそれでいいの?」

名前が俺に興味が無いのは分かりきってたけど、それでもこのまま大人しく屋上に行くのはむしゃくしゃする。
だから念を押した。
名前はさっと俺から目を逸らして「なんで?」と尋ねた。

暫くその様子を見てたけど、俺の方が根負けした。
小声で「分かった」と呟き、俺はわざと音を立てて教室から出ていく。
行先は屋上だ。

屋上への階段を2段飛ばしで駆け上がり、乱暴に扉を開けた。
開けた先には知らない女子が、ビックリした顔でこちらを見ていた。
なんの用かなんて聞かなくても分かるし、聞きたくも無い。
俺はわざとムスッとした顔で女子の前に立ち「これ」と名前から受け取った手紙をピラリと見せた。
女子は嬉しそうに頬を赤らめ、それからある一言を言う。
残念ながら俺はそれを流し聞き、はあとため息を吐いた。


「好きな奴がいるんだ」


それだけ言うと、女子の顔色がさっと変化する。
申し訳ないと頭の隅っこで思ったけど、それより教室での名前の様子の方が頭に残っている。
思い出すだけで腹が立った。

よりにもよって、名前から他の誰かをあてがわれるなんて、怒らないはずがない。
ふざけんな。
言いたい事は沢山あるけれど、とりあえずこの場にいるのが無理だ。
俺は早々に屋上を後にした。

教室に戻ってくると、名前が一人教室で待っていた。
その顔は何と返事をしたのか尋ねたそうだったけれど、俺はそれをあえて無視した。
今はまともに名前の顔は見れない。
見たら、何を言うか分からない。
俺の好きな奴はお前だと、ろくでもない告白をする羽目になりそうだ。
いくらなんでもそんな雰囲気は作りたくない。

だから、何も言わずに自分の席に掛かっているカバンを片手に、俺は教室を出た。


「む、無一郎…っ」


それをトコトコと後ろから名前が付いてくる。
いつもなら振り返って名前が俺の横に来るのを待つけれど、今日は無理だ。
早歩きで歩くスピードも緩めない。

「ねえ、あの子はどうしたの?」

そんな俺に果敢にも後ろから質問を問う名前。
そのセリフに俺はむしろ、俺の知ったこっちゃないと思っている。
俺の気持ちなんて知りもしないで、他の女子をあてがった名前を、俺は簡単には許せない。

こんなことなら、正直に伝えればよかったんだろうか。
練習何て言わずに。

そんなどっちつかずな自分の態度にもイライラする。
結局俺は名前にまともに返答することなく、家に帰った。

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