練習その7 アドバイスをもらいます


「ねえ、有一郎」
「なんだよ」
「無一郎って、彼女出来たの?」
「はぁ?」

何馬鹿な事を言っているんだと言わんばかりの視線を向ける有一郎に、私は一瞬引き攣った表情を見せたが、ただ聞こえなかったのかと思い、もう一度同じ事を口にした。
だけども有一郎は先程と同じ反応を見せ、それから「何言ってんだ名前」と本気で私を馬鹿にしたような声色で呟いたのだ。
そこまで馬鹿にされると私だって少しは傷つく。
思わずムっとして頬を膨らませるけれど、有一郎は訳が分からないと言った顔でため息を吐いた。
溜息を吐きたいのは私だ。

ここ最近、無一郎の様子がおかしい。
原因はどうかわからないけれど、きっかけは私の所為だというのは分かっている。
隣のクラスの友達から「無一郎との仲を取り持ってほしい」という話を受けたからだ。
それを聞いた日、夜は全然眠れなくて、ずーっとそのことについて考えていた。
朝迎えに来た無一郎の話もそこそこに、私はその日ずっと胸の内にモヤモヤしたものを抱え込んでいた。
何故だかわからない。

これが一か月前だったら、何も感じていなかったと思う。
なのに、何故。
最近、自分でもおかしいと思っていた。
私が失恋した日、あの日無一郎に抱き締められてから、自分でも何を考えて何を思っているのかわからない。
別に失恋した事はそこまで引きずってはいない。
だって、元々無理だと分かっていた恋だ。
それが憧れだと言われれば、そうだったのかもと思わないでもない。
だけど一番引きずらなかった理由は、あの日、無一郎に慰めて貰ったから。
その日からだ。
私が無一郎を見るだけで変に動悸がするし、思わず目を逸らしてしまうようになったのは。

無一郎に女の子が呼んでいる、と告げたあの時。

「名前はそれでいいの?」

と無一郎に尋ねられた。
言われた意味が分からなかった。
良いに決まってる。
だって、無一郎は正直イケメンだし、性格もいい。幼馴染の私が太鼓判を押すくらい。
だから友達に紹介するのだって、喜んでする。
…のに。
なのに、無一郎が怒ったように教室を出たあの時。
足の力が抜けて、へなへなとその場にしゃがみ込んでしまった。
何でだろう。
何で私は、後悔をしているんだろう。

ずっとぐるぐる考えて考えて。
それでも答えは出なかった。
答えが出る前に無一郎は帰ってきた。
正直早すぎる。
あまりのスピードに驚いていると、私を一瞥して無一郎がカバンを手に取った。

思わずその背中に私も付いて行ったけれど、無一郎はまともに反応してくれなかった。
雰囲気で分かる。
無一郎は怒っていると。
ここ最近、ずっと手を繋いで登下校していたのに、その日は繋いでくれなかった。
今思うと当たり前だ。
無一郎が告白の返事をOKしていたのなら、私と手を繋いで帰るなんてこと、してはいけない。
でも、一人で帰ろうとしているのなら、もしかして。
そう思わないでもない。

友達からもあれから連絡が途絶えたままだ。
こちらから連絡をするのは気が引けた。
「付き合ってる」なんて言われたら、それこそ私は立ち直れないだろう。

…え? 何で?

何で、無一郎が他の子と付き合うと、立ち直れないんだろう。

考えれば考える程モヤモヤが広がっていく。

あれから無一郎は朝も迎えに来なくなったし、帰りもいつの間にか一人で帰るようになってしまった。
休み時間も話しかけようとしても、寝ているのか机に突っ伏して反応がない。
だから、隣のクラスの有一郎に聞きに行った。
それが冒頭の会話である。

「彼女なんて出来るわけねーだろ」
「何で? 告白されたんだよ?」
「知らねー。好みじゃなかったんだろ」
「じゃあ、無一郎の好みってどんな子?」

自分でも何でこんなに気になるのか分からない。
有一郎が面倒くさそうに眉を顰める。
それでも私は聞きたかった。
付き合っていない、という事実を確認して、胸のモヤは少しだけ晴れた。

「好み? 無一郎に好みなんてあるのか?」
「あると思うけど」
「いや、どうだか。ただ一人しか該当しないんだから好みの問題じゃないと思うけど」
「一人?」

いまいち有一郎の言う事はよくわからない。
まあ、胸のつっかえが少しは取れたと思う事にして、私は自分の教室へ戻る事にした。
帰ろうとしていた有一郎を捕まえて、結構時間が経っている。
そろそろ私も帰ろう。

適当に借りた席から立ち上がり、有一郎にお礼を言って教室を出ようとした。

「名前」

後ろから有一郎が声を掛ける。
私はゆっくり振り返って「何?」と尋ねた。


「いい加減気付けよ」


頭の後ろに手を組んで、二度目のため息を吐く有一郎。
私はその態度にイラっとしたけれど、同時に図星を突かれて胸が跳ねた。

…本当は分かってる。
自分が何故無一郎の事を考えているのか。
だけど、この前まで冨岡先生のことを考えていたのに、次は無一郎なんて、節操のない女の子みたいでいやだったの。

「……有一郎、私、可愛くないよね」
「あぁ」
「そこは、嘘でもそんな事ないって言う所でしょ!」
「俺には全然かわいく見えねーから。……無一郎には可愛く見えてるんだろ、きっと」

俺にはわかんねーよ。
ぽつりと零された言葉に、私は少しだけ気が楽になる。

釣りあがった目がゆっくり下がっていくのが分かる。


「ありがとう、有一郎」


そう言うと、有一郎はひらひらと手を振って「はよ行け」とぶっきらぼうに言った。
昔から、有一郎はこうして私の背中を押してくれた。
優しい、私の幼馴染。

うん、と頷いて、今度こそ私は教室を後にした。

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