09


どうやって帰ったのかも覚えていない。
ただただ悲しくて悲しくて、涙は止まらなくて。
自業自得の行い。全て私が悪いのに、何でこんなにも悲しいんだろう。
家に着いてからも自室に籠って、ひたすらベッドの上にいた。
母の夕飯に呼ぶ声が聞こえたけれど「いらない」と答えて、私は布団の中で丸くなった。

最後に見た我妻くんの表情が忘れられない。
あんな顔させたくなかったのに。
我妻くんのことを考えると、枯れたと思った涙もまた溢れてくる。
私が泣いていいはずないのに。
それでも痛む胸を押さえ、私は声を殺して泣いた。
心の中で何度も我妻くんに謝罪をして。

当たり前だけど、その日から我妻くんから連絡が来ることは無かった。

次の日の朝、窓から陽が差し込む前に起きた。
昨日は泣き疲れて寝てしまったようだけれど、身体全体が何故かだるい。
近くにあった鏡で顔を見たら、目元は酷い有様で腫れているし、顔全体が赤ら顔だった。
心なしか寒気まで感じる。
自分の額に手を伸ばしてみる。
熱い、ような気がする。
あんまりよくわからない。

いつもの起きる時間になるまでベッドの上で転がってみたけれど、呼吸がしづらくてやっぱり寒気がする。
ずるずると鼻水も出ているようだし、喉に違和感を感じる。
これはつまり、風邪でも引いたのかもしれない。

脳裏に思ったのは、丁度いいという一言。
学校に行ったら我妻くんの表情を見ることになるし、昨日と同じような顔を見るくらいなら家で寝ていた方がマシだ。
鋭い視線で「名前ちゃん、もう話しかけないで」と言われたら、私は一体どれだけ傷つくのだろうか。
自業自得と分かっているのに。

暫く横になっても体調に変化はなかった。
つまり改善しなかった。
ふらりと立ち上がり、リビングへよろよろと向かう。
既に母は起きていたけれど、私の姿を見てぎょっとしていた。
目元は酷い事になってる上、風邪で顔も赤いから。

慌てて母は私の額に触れて「熱があるわ」と言い、そのまま部屋で寝ているようにと呟く。
お言葉に甘えて私はまたふらふらと部屋へ戻った。

母に渡されたスポーツドリンクだけを口に含み、もう一度横になる。
自室の天井を見ながらも、ずっと昨日の事を考えていた。
私は、どうすればよかったんだろう。

考えれば考える程、身体も悲鳴を上げたので重力に任せて瞼を閉じた。

瞼を閉じて浮かんだのは、何故か我妻くんと二人で遊んだときの光景だった。


◇◇◇


目が覚めた時には昼過ぎだった。
母がいつの間にか学校に連絡を入れてくれていたようで、スマホには友達から「大丈夫?」とメッセージがきていた。
勿論、我妻くんからは無し。
当たり前だけど。

沢山眠ったからか、朝よりも体調はよさそうだった。
まだ目元は腫れているみたいだけどね。
母が用意してくれたお粥を頂いて、私はもうひと眠り。
身体が不良だと嫌な事まで考えてしまう。どうしようもない。
きっとこの様子だと明日からは無事に学校に行けるだろう。
そうなった時、私は同じクラスの我妻くんの顔を見て平気でいられるだろうか。
謝らなければならないと思うけれど、私なんかが謝ったら更に火に油を注ぐようなことにならないだろうか。
きっと我妻くんは私の顔なんて見たくもないだろうし。

ずきん。

自分で思うだけで胸が苦しい。
こんな状態でも我妻くんをまだ好きでいる自分に呆れてしまう。
完全に嫌われたというのに、馬鹿なんじゃないだろうか。

今のうちにシミュレーションでもしておこう。
顔を見るだけで泣くようなこと、あってはならない。
大丈夫。元に戻るだけ。
私、一人に。


まだ身体にだるさは残るものの、何とか学校には行けそうだ。
昨日は一日中眠りっぱなしで、落ち着いて考える事が出来た。
きっと我妻くんの顔を見ても取り乱したりはしない筈。
……我妻くんの顔を見て心も落ち着くようになったら、しっかり我妻くんに謝罪しよう。
きっと明日明後日でどうにかなることでもないだろうから。
気長にゆっくり。
自分の想いを伝えるかどうかは、その時考える。
明らかに嫌われているのに「好きです」なんて言ってもウザイだけだものね。

教室に到着すると、心配そうな顔をした友達が近寄ってきた。
心配をかけないよう「大丈夫だよ」と言うと、彼女は安心したように一息つく。
私は教室の隅に見えた金色の髪を横目に、自分の席へ着席したのだった。

授業中も休み時間も、意識は視界の隅に映る金色。
だけどジロジロ見られていい気はしないだろうから、必死で我慢した。
でも、少しだけ。
ほんの少しだけバレないように見つめるのは許されるかな。
もう気軽に話しかけたりしないから。

心の中でそっと神様に祈る。
皆が黒板に視線を向けている中、後ろからそっと我妻くんを見た。

…あ、だめだ。
一度見てしまったら。
この前の情景が思い浮かんで、今にも泣きだしそうになってしまう。
あれだけ昨日、シミュレーションしたというのに。
逸らさないと、と思うのに私の視線は我妻くんから逸れない。
まるで鋭利な物で心臓をつつかれているような気持ちになる。
苦しいのに、見ていたい。

その内、この気持ちが綺麗さっぱり消えるのだろうか。
失恋の痛みはどうしたら消えるのかな。
今はまだ私にはわからない。

そんな時、前を向いていた我妻くんが振り返った。
ただの偶然。
一瞬だけ私の視線とぶつかり合った。
以前もこんなことがあったけれど、その時とは全然気持ちが違う。

私は今度こそ、視線を外して、自分の机に突っ伏した。

いつか。
今はまだ嫌われているとしても、いつかまた友達のような関係になれたら。
そんな無理な願望を胸に私は脳裏に我妻くんの顔を浮かべた。




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